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「さて、何を書こうかなぁ」とぼんやり考えながら過去のカテゴリーを見てみるってーと「あれっ、ドラゴンズに関することだけ一度も触れてないじゃん」と気がついたので今更無理やり一本。

1974年(昭和49年)、9年間続いていたジャイアンツの優勝が途絶えた。そのV10達成の偉業を阻んだのが与那嶺監督率いるドラゴンズだった。 物心ついた時からジャイアンツの優勝以外見たことがなかったボクにとってこのことは、どえらい大きな事件に感じたものだ。

与那嶺監督にとってこの年は名将水原の後を引き継いだ3年目にあたる。開幕10試合を7勝3敗で乗り切るスタートダッシュに成功し、一時は3位に後退するものの新外国人マーチンや高木、谷沢、若手の鈴木孝政、星野・松本の左右両エースなどの活躍で終始安定した力を発揮する。

V1与那嶺ドラゴンズ最後は、2位ジャイアンツとのゲーム差なし、勝率で1厘しか違わない僅差の優勝を果たした。1954年(昭和29年)天知監督時依頼、実に20年ぶりの快挙だった。最後の打者が放ったライナーをサード島谷が捕球した歓喜のシーンを今でも鮮明に覚えている。

ドラゴンズが優勝した次の日、「やっぱオレが言ったとおり中日が優勝しただろ」と一度もそんなことを言ったことがないジャイアンツファンであるはずの友人はみんなから絶交を言い渡された。一番高木が塁に出で~♪の歌詞から始まる「元祖、燃えよドラゴンズ」をやけくそで歌う友人もいた。それぞれ想い想いにジャイアンツが優勝できなかったことを悔しがっていた。

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この記事へのコメント
2005.11/03(木) 昭和49年優勝シーン[DRAGONS★VICTORY]
2005.11/03(木) TBありがとうございました。[ごえもん]
2005.11/04(金) to奥ヒダさん[kane]
2005.11/04(金) toごえもんさん[kane]
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2005.11/03(木) 板東英二が唄う♪ 元祖『燃えよドラゴンズ!』 昭和49年発売☆