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宅和 本司 (たくわ もとじ)

残念ながらファイターズの連勝が途絶えてしまったため、前回の岡本伊三美に続き現役時代の記憶が全くない“古き良き強き”ホークス(南海)を支えた選手についてである。球史にその名を残す今や伝説化された投手の一人として知る人も少なくないはずだ。人選の古さに呆れず、しかと付いて来て頂きたい。 

宅和本司1935年(昭和10年)、福岡県北九州市出身。門司東高校時代、エースとして秋の九州大会に出場し、初優勝に導く原動力となる。しかし学校側が春のセンバツ出場を控える選手達の期末試験を免除した事実が発覚し代表校の座を返上。夢の舞台を目の前に涙を呑んだ。

1954年(昭和29年)、ホークスに入団。その苦い経験を糧に1年目から直ぐにローテーション入りし 26勝9敗 防御率1.58 と大活躍。新人王、最多勝、防御率1位、奪三振王の4冠のタイトルを総なめにし、翌年も 24勝11敗 で2年連続最多勝のタイトルを獲得する好成績を残し、パ・リーグ制覇に大きく貢献した。

期待を一身に背負った3年目の1956年(昭和31年)、酷使が祟ってか6勝5敗に終わるとその後、勝ち星を挙げられなくなり、バファローズに移籍後の1961年(昭和36年)限りでユニホームを脱いだ。引退後は解説者を務め、三商タイガーズからコーチとして招かれ台湾に渡り、監督にも就任。帰国後は再び解説者として活動していたが現在は一線を退いている。

【 生涯通算成績 】(実働8年) 168試合登板、56勝26敗、防御率2.29、新人王、最優秀防御率1回、最多勝2回、最多奪三振1回

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この記事へのコメント
2007.05/02(水) [プライセス]
2007.05/02(水) toプライセスさんへ[kane]
2007.05/03(木) [久保拓也]
2007.05/03(木) [シルク]
2007.05/04(金) to久保拓也さんへ[kane]
2007.05/04(金) toシルクさんへ[kane]
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