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山内 新一 (やまうち しんいち)

南海時代、山内和宏、山内孝徳と併せ3人でローテーションの一角を担っていたのが印象的である。球団も“山内トリオ”として売り出す為に和宏が背番号「18」、孝徳が「19」、そして新一が「20」を付け連番にさせていた。 恐らく最初で最後であろうこの「同姓珍3本柱」、記憶に残っている人も少なくないはずだ。

山内新一1947年(昭和22年)、島根県生まれ。邇摩高等学校から三菱重工三原へ進み、産業別大会の日石戦で1試合11奪三振を奪う快投が評価され1968年(昭和43年)ドラフト2位でジャイアンツに入団する。巨人時代は5年間で僅か14勝、ことに最後の1年は1勝も出来ず終わった。

翌年の1973年(昭和48年)、松原と共に富田との2対1の交換トレードで南海ホークスへ移籍したこの年、野村兼任監督の下いきなり20勝8敗をマーク。0勝から翌年20勝まで飛躍したケースは1956年(昭和31年)の三浦(大映)、1962年(昭和37年)の久保(近鉄)と2度あるが、山内はそれに続く記録を残した事になる。

その後も2年連続10勝し、1976年(昭和51年)には再び20勝13敗の活躍でローテーションの中心におさまる。1984年(昭和59年)、無償でタイガースへ移籍するも翌年5試合の登板に終えると現役を引退。引退後は、福山近郊のゴルフ場に勤め野球とは縁を絶った。連続試合先発311は未だ日本記録である。

【 生涯通算成績 】(実働17年) 431試合登板、143勝142敗、防御率3.74

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この記事へのコメント
2006.11/25(土) [高校野球を知る]
2006.11/26(日) 山内さん[妃垣俊吾]
2006.11/26(日) to高校野球を知るさんへ[kane]
2006.11/26(日) to妃垣俊吾さんへ[kane]
2006.11/26(日) [久保拓也]
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2006.11/26(日) [久保拓也]
2006.11/27(月) to久保拓也さんへ(再)[kane]
2006.12/05(火) [シルク]
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