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球史に残る名選手 ― (30) 【 特別編 】

宮田 征典 (みやた ゆきのり)

昨日書いたじいさんたちも、さぞかし肩を落としていることだろう。元ジャイアンツの投手、宮田氏が肝不全のため66歳という若さで亡くなった。球場のスコアボードに付く大時計の針が8時半を指す頃になるとリリーフとしてマウンドに上がったことから「8時半の男」と呼ばれ輝きを放ったことは余りにも有名だ。今日は改めてその足跡に触れてみたいと思う。

宮田征典1939年(昭和14年)、群馬県前橋市生まれ。前橋高校から日本大学を経て1962年(昭和37年)にジャイアンツに入団する。元々心臓に疾患があり何かの拍子で脈拍が速くなる「発作心臓緊迫症」という持病に悩まされていたため先発投手として長いイニングを投げることが出来ず、当時の藤田ピッチングコーチ(のちに監督)の薦めもあってリリーフへ転向した。

川上巨人がV9をスタートさせた1965年(昭和40年)に69試合で(投球回数164回1/3)に登板し20勝(うちリリーフで19勝)を挙げ、現在のセーブポイントに換算すると22セーブ(41SP)に値する活躍をみせ優勝に貢献する。しかし翌年にはそのつけで肩・肘を相次いで故障、再び一桁勝利に止まる成績が続き1969年(昭44年)限りで短い現役生活に幕を降ろした。

引退後はジャイアンツ、ファイターズ、ライオンズ、ドラゴンズで投手コーチを歴任。野球評論家としても活躍していたが、最近は体調を崩し現場からは遠ざかっていた。引退を決めたシーズン、打撃投手としてチームを献身的に陰で支え、時には1週間ぶっとおしで300球以上投げ込み右腕が腫れ上がる事もあったが一言もグチを洩らさず投げ続けたという逸話が残っている。

【 生涯通算成績 】(実働8年) 267試合登板、45勝30敗、防御率2.63、シーズン最多リリーフ勝利19〈日本記録〉

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この記事へのコメント
2006.07/15(土) [ごえもん]
2006.07/15(土) 宮田さん[妃垣俊吾]
2006.07/15(土) toごえもんさんへ[kane]
2006.07/15(土) to妃垣俊吾さんへ[kane]
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