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千葉 茂 (ちば しげる)

昨年の12月26日のカキコミでバファロー(ズ)のことについて触れた意識が働いていたせいか、この休みの間、野球に関する書籍や雑誌を整理していた時に“千葉茂”の特集記事が目に留まった。もちろん現役時代はおろか監督時代も記憶にはないけれど、ボクの敬愛するミスターに栄光の背番号「3」を継承してくれたという意味もあって忘れてはならない人物である。

千葉茂1919年(大正8年)5月10日、愛媛県生まれ。1935年(昭和10年)松山商業で夏の甲子園に出場し全国制覇を果たす。1938年(昭和13年)に東京巨人軍に入団し、1年目から上海戦線で戦傷を受けて帰還した三原の穴を埋めるべく二塁手のレギュラーを獲得する。(入団時の背番号は「22」)

春季リーグで打率.295を残し、秋季リーグでは優勝に貢献する活躍を見せ、2年目の翌年には打率.305で初めて3割台を達成し、再び優勝へ導く原動力となる。更に翌年も優勝を果たすが戦争に召集され4年間のブランクを経験。戦後の1948年(昭和22年)には1試合6得点という日本記録を樹立する。翌年、打率.307、15本塁打を残し戦後初の優勝に大きな貢献するなど、川上・青田・別所らと共に第2期黄金時代を築き上げた。

1956年(昭和31年)で現役を引退、日本プロ野球史上初めての引退試合が行われた。コーチ、2軍監督を歴任し、水原の後任監督争いで同期の川上にその席を譲り、以前書いた近鉄の監督に就任する。その後は野球評論家を続け、1980年(昭和55年)に野球殿堂入り。2002年12月9日死去(享年83歳)。

【 生涯通算成績 】(実働15年) 1512試合出場、1605安打、96本塁打、691打点、打率.284、最多犠打1回、ベストナイン4回

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