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シピン・ボイヤー・ミヤーン・ポンセ・パチョレック・シーツ・ブラックス・ローズ・ウッズ、等々、過去在籍した顔ぶれを見れば一目瞭然、外国人選手の獲得には以前から定評のあるベイスターズ(ホエールズ)。厳密に比較した訳ではないが、12球団でも1、2を争う“成功率”を誇るチームではないだろうか。

ベイ、新外国人5選手入団発表

中には格安な契約を結び大活躍した選手も少なくなく、過去 打者3部門のタイトルホルダーだけを見ても、1979年ミヤーン、1990年パチョレック、1999年ローズが首位打者に、1988年ポンセ、2003、04年ウッズが本塁打王に、1987、88年ポンセ、1992年シーツ、1993、99年ローズが打点王に、と目覚しい。

タイトルに縁がなくとも、それに近い充分な働きを残した選手も数多く、妙に調子が狂ってしまうしゃべり方をする牛込渉外担当などのフロントスタッフの“目利き力”を今更ながら強く感じてしまう。そんな確固たる実績を持つベイスターズが昨日、ルーキーの会見さながらに新外国人5選手の入団を発表した。

「禁止薬物は二度と使いません」と誓ったビグビー(外野手:背番号「6」)に、幼少時代を東京・横田基地で過ごしたという経験を持つウィリアムス(投手:背番号「48」)、加えてジェイジェイ(内野手:背番号「3」)、ウッド(投手:背番号「10」)、ヒューズ(投手:背番号「42」)と、過去に例がない大量一括補強と相成った。

これで登録枠4人のところへ既に在籍するホワイトを含めた6人体制に。今後、レギュラー選手との兼ね合いを含め無駄遣いにならないような起用ができるか、大矢監督の手腕が問われるところだ。さて、この内何人がモノになるのだろう、注目である。

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大沢 啓二 (おおさわ けいじ)

ついにこのカテゴリーも“100本目”を数えた。正直ここまで続くと思っていなかったので我ながら驚きだ。誰にしようか迷ったが、1本目に我がファイターズのニックネームの基になった大杉氏を取り上げたので記念すべき今回もファイターズに縁のある人物にした。球界の重鎮・親分こと大沢氏についてである。

大沢啓二1932年(昭和7年)、神奈川県藤沢市生まれ。旧制平塚工業から立教大に進学し、鶴岡監督からの誘いで1956年(昭和31年)に南海ホークスに入団する。1年目から145試合に出場し打率.259ながら秀でた守備力で外野陣を統率、チームになくてはならない戦力となった。

要請実らず2年後輩のミスターが土壇場でジャイアンツに入団してしまった1958年(昭和33年)には内野もこなし自身最高となる打率.272をマーク、翌年もユーティリティプレーヤーとしてリーグ優勝に貢献し日本シリーズでも2度に亘る絶体絶命のピンチを巧守で凌ぎ、“陰のMVP”と言わしめる程の活躍を見せた。

しかし、その後は左膝の古傷の影響で出場機会が減り、1965年(昭和40年)に将来指導者としてチームに残れるという条件の東京オリオンズに移籍する。1年限りで選手生活に別れを告げ翌年から打撃コーチ、2軍・1軍監督を経験。解説者を経てファイターズの監督や球団常務を歴任し、現在は日本プロ野球OBクラブ理事長、マスターズリーグ委員会議長等に就いている。

実兄の大沢清は名古屋軍で、大沢紀三男はドラゴンズで、三兄弟揃っての元プロ野球選手。また、余りにも有名だがモデルでデビューしタレントとして活躍する大沢あかねは孫娘である。

【 生涯通算成績 】(実働10年) 988試合出場、501安打、17本塁打、191打点、打率.241

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意識するまでもなく中田のニュースばかりが目に留まる。注目されればされる程「いっちょ良いとこ見せたるか」とモチベーションを上げる性格と思いつつも野球以外の話題が一人歩きするとちょいと心配になってしまう。好き勝手に書き綴る内容に右往左往せず自分の信じた道を邁進して欲しいと切に願う毎日だ。

中田、五輪代表入りなるか振り返っても概ね好意的且つ期待が膨らむような記事で占められているが、今日は殊更に明るい情報がスポーツ新聞各紙を飾った。何でも星野監督が中田を3月中旬に発表される日本代表の1次候補約60人枠に加えると明言したのだと云う。いやいやサプライズである。

更に起用法まで言及し「梨田がどれだけ我慢できるか。オレなら一軍で使い続ける」と熱く語り、ドラゴンズ監督時代に立浪や福留を1年目から使い続け球界を代表する選手に育て上げた確固たる信念をも窺わせた。将来を見据え、若く才能のある選手に経験の機会を与えようとする想いが何より嬉しい限りだ。

“代表入りが実現すれば、2000年シドニー五輪時に選ばれた松坂(当時20歳)を抜き史上最年少代表になる”、なーんて景気の良い活字も躍っているが、本大会に出られずとも日本球界を代表する選手が集うその場に身を置くだけでどれだけ本人のプラスになる事か計り知れない。せっかく舞い込んだチャンス、自身の力でしかとその権利を手繰り寄せて欲しいものである。

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いち早くプレーオフを開催し、無条件で1位通過チームに1勝のアドバンテージを与える方式を導入していたパ・リーグに対し「それじゃ最悪2試合で終わっちゃうじゃないのぉ、興行的に勿体無い」と一様に消極的な姿勢を見せたセ・リーグの意向が結局押し通された昨シーズンのクライマックスシリーズ(CS)。

G、アドバンテージ導入を主張

中でもアドバンテージの廃止を強く主張していたジャイアンツが昨日くるりと掌を返すようにCSの第2ステージを4勝先勝の6試合制としリーグ優勝チームに1勝のアドバンテージを与える改定案を唱えた。「6試合制にすれば最低3試合は確保できるし、ビジネスにも影響がないでしょ、ねっ、ねっ」というものである。

昨季、リーグ優勝を果たしながらストレートでドラゴンズに完敗、日本シリーズへの出場権を逃しリーグ優勝の評価を失墜したジャイアンツ。多くの人が「こりゃ黙っちゃいまい」と思ったはずで予想どおりの行動に出た訳だが、いつも辟易とする傲慢な姿勢に否定的なボクでさえ今回ばかりは頷いてしまった。

144試合もの長丁場を戦い抜きトップでゴールしながらホーム開催だけのアドバンテージとはあまりにも切ない。逆に2位、3位に甘んじ勝ち上がってくるチームは“1敗程度のハンデ”を乗り越えるべきだ。CSそのものに否定的なボクだが、「ここはジャイアンツの我儘を聞き入れよう!」と自衛官募集のポスターさながらに左斜め45度に顔を向け独り声を上げている。

初めからパ・リーグの運営方法に同調する立場を貫いていれば「エゴ」呼ばわりされずに済んだのにねぇ、ジャイアンツさん。

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我がファイターズのゴールデンルーキーの中田が「最強デブ」と呼ばれている。脂肪が燃焼し筋肉になったうえでの体重増だと思うが、新人合同自主トレ期間中にも関わらず3キロも太ったのだと云う。入団時あれだけ細かった清原のことを思うと体系面でも中田の将来性に空恐ろしさを感じる今日この頃である。

日増しに高まる由規の評価さて、それに反して相変わらずのスマートさで首脳陣のみならず全国のプロ野球ファンの視線を釘付けにしているのがスワローズの佐藤由規だ。コーチ陣が見守る中の初ブルペンで早くもキャンプの1軍スタートを即決させてしまい、その後も日増しに評価を高めてきている。

仙台育英に入学した当初はサードを守っていたらしく、「ピッチャーに転向時は130km/hに満たなかったのが1年の秋には140km/hを記録して気がつけば自然に157km/hまで投げられるようになってました」なーんてTV出演時に満面の笑みを浮かべつつ淡々と答えていたが、この成長ぶりは尋常じゃない。

伸びのあるストレートにまだまだ調整中だというのに関係者の度肝を抜いたもう一つの武器スライダー。秀でた“2本”があれば鬼に金棒とばかりに早くも「2ケタ間違いなし」などと周囲の鼻息も荒い。個人的には「肩の消耗が少ない」ところに強い可能性を感じるが、一体どこまで進化するだろう。次の時代を担う球界のエースに君臨する日もそう遠くないかもしれない。

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中田の加入などで注目される梨田新体制の船出が楽しみでならない。早くも開幕までの日数を両手では間に合わず足の指まで総動員(?)し数えるような毎日である。暇さえあれば今シーズンのファイターズを自分なりに占ったりしているのだが、その度に他のチームの戦力分析を重ね眉間に深い皺を寄せている。

長谷部、始動同一リーグ内にある他の5球団から敢えて気になるチームを一つ挙げるなら、「イーグルス」になるだろうか。その場凌ぎの大型補強に頼る事なく投手陣を中心にじわりじわりと力を付けて来ており、対戦成績以上の“組みづらさ感”を年々着実に強くしているせいでもある。

思えば2004年6月に明るみとなった近鉄とオリックスの合併に端を発し1954年(昭和29年)の高橋ユニオンズ以来50年ぶりに新規参入してまだ3年のチーム。寄せ集め的人員でスタートした2005年には38勝97敗1分、勝率.281、翌年も47勝85敗4分、勝率.356と最下位に沈んだが、昨シーズンは67勝75敗2分、勝率.472で4位に浮上し“熱パ”を陰で演出し続けた。

上げ潮傾向にある原因は「野村イズムの浸透」や「マーくん効果」などが考えられるが、地域密着の下に進めた改革が実を結び多くのファンが早くに根付いた事が何より大きいように思う。長く低迷したカープやバファローズの創生期と比較してもその飛躍ぶりには目を見張るものがあるが、今季も星野ジャパン入りした長谷部らの加入でチームは更なる進化を遂げそうだ。

「イーグルスから2年連続し新人王が誕生となれば…、こ、こりゃ穏やかじゃない」と独り気を揉みながらも結構楽しんでいる。

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江尻 亮 (えじり あきら)

昨季は36本で本塁打王のタイトルを獲得したベイスターズの村田が今季の目標を40本塁打&120打点と公言した。話を膨らませようとも思ったが、大好きな昔話に切り替えて今回はその村田のOBについて触れようと思う。中塚や松原らと相まって存在そのものがどこか渋~い雰囲気を醸し出す選手であった。

江尻亮1943年(昭和18年)、茨城県日立市生まれ。日立一高を経て早稲田大へ進学し、後に志村(慶大)に破られるが46回2/3無失点・シーズン防御率0.00という当時の東京六大学リーグ記録を樹立するなどの活躍を見せ、1965年(昭和40年)にホエールズに投手として入団する。

期待を一身に背負い1年目からマウンドに上がるも王に満塁本塁を打たれるなど精彩を欠く一方で代打としても起用されていた結果が打率.280をマーク。翌年も自己最多となる3割を記録したため3年目から打者に専念、左翼手の定位置を獲得すると共に一時はクリーンナップに定着するなどチームを支えた。

しかし、1977年(昭和52年) ジャイアンツの加藤初から頭部に死球を受けた事を機に高木嘉一にポジションを奪われ2年後に現役引退。翌年から打撃コーチや2軍監督、1軍監督代行、スカウトなどを歴任し、その後マリーンズで監督にも就任するがチームは低迷、2年足らずで退団した。大卒でプロ入り後に打者転向し1000本安打を達成した数少ない選手の一人である。

【 生涯通算成績 】(実働15年) 1485試合出場、1249安打、116本塁打、436打点、打率.271

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ファイターズのルーキー多田野が自主トレのランニング中、道路にかかるチェーンに足を取られて転倒し左手首を骨折したらしい。「右手じゃなくて良かったじゃないの」と多少安堵しつつ目線を移すと予てから報道されていた通りスワローズとの間でトレードが合意に至ったというニュースが併載されていた。

3対3の交換トレード発表

川島と藤井を基本ベースに進められていたところにファイターズから押本と橋本が、一方スワローズから三木と坂元がプラスされ、最終的に3対3の複数トレードとなり着地。昨季までGMを勤めていた高田監督からの働きがけによるものなのか、互いにパイプを活かし両球団の思惑が一致した結果のようである。

交換の運びとなった6選手の昨シーズンの成績をざっと見てみると、◇川島:10試合出場、打率.222◇押本:36試合登板、2勝1敗、防御率4.60◇橋本:5試合登板、勝負なし、防御率3.38◆藤井:25試合登板、7勝10敗、防御率5.05◆三木:23試合出場、打率.000◆坂元:2試合登板、勝負なし、防御率9.00、と過去の実績は別として一皮剥けきらない選手が多い。

川島・橋本はまだしも押本は出したくないと思っていたのでちょいと残念だが、先発経験の豊富な藤井に、守りの堅い三木、まだまだ潜在能力を秘めた坂元、と迎え入れる3選手の方が勝っているのだと努めて納得した。投じた後、ピョンと腕を立てる藤井のピッチングフォームを見る度に「う~む、変」と苦笑していたので、まずは一日も早くそれに慣れんといかんなぁ…。

エースナンバー「18」に恥じない成績を頼むぞっ、藤井。

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佐藤 道郎 (さとう みちお)

先日、ホークスから南海創立70周年、福岡本拠地移転20周年の記念事業を行う旨が発表された。何でも強き南海、ダイエー時代のユニホームを復刻し、公式戦で着用するプランを検討しているのだと云う。そこで今回は先発にリリーフにフル稼動しチームを支え続けた南海に縁のある選手を取り上げようと思う。

佐藤道郎1947年(昭和22年)、東京都中野区生まれ。日大三高から日大に進み、4年の春夏に連続して東都大学リーグMVPを獲得するなど尻上がりにプロからの評価を高め、同年秋・1970年(昭和45年)のドラフト会議で後に主砲となる門田を下に抑え、1位でホークス(南海)に入団する。

1年目からプレイングマネージャーとして就任したばかりの野村監督に抜擢され55試合に登板、18勝6敗、防御率2.05の成績を残し最優秀防御率、新人王のタイトルを獲得。その後も不動のリリーフとして活躍し1973年(昭和48年)には前年に続き60試合以上の登板で11勝をマーク、リーグ優勝に貢献した。

1977年(昭和52年)には江夏を獲得した事を機に先発にまわり藤田学に次ぐ12勝を挙げるも、翌年防御率6点台で僅か3勝に終わると伊藤+田村との交換トレードでホエールズに移り渡る。しかし、衰えは隠せず移籍2年目の1980年(昭和55年)のシーズンを最後にユニホームを脱ぎ、退団後は解説者を経てオリオンズ・バファローズ・ドラゴンズの投手コーチを歴任した。

【 生涯通算成績 】(実働11年) 500試合登板、88勝69敗、39S、防御率3.15、新人王、最優秀防御率2回、最高勝率1回、最多セーブ2回

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「育成を望む選手は巨人に入るべきではない」。昨夜テレビ東京系列で放送された「寒ブリは嫌」、もとい「カンブリア宮殿」のスペシャルに出演していたイーグルスの野村監督の言葉である。更に「あそこはいつも即戦力の選手ばかり、どういう理由か伝統的に育成ができないチーム」と苦笑交じりに話を続けた。

赤松、人的補償でカープへ聞き入りながら、真っ先に頭に浮かんだのが対極にあるチームのカープだった。マネーレースに参戦せず、限られた資金で巧みに選手を獲得し一人前に育て上げるイメージが未だに強く、新人はもちろん外国人の補強においてもスタンスが変わらないところも好感が持てる。

そのカープがFAでタイガースに移籍した新井の人的補償として不安の残る投手ではなく若き外野手の赤松を指名した。他にプロテクト枠から漏れたメンバーを知る由もないが、今回の選択にお家芸の機動力野球を邁進せんとする姿勢を感じ、「う~ん、カープらしい」と妙―に納得し膝小僧を叩いたりもした。

赤松はウエスタン・リーグの成績ながら首位打者を1回、盗塁王を2回獲得するなど将来性あるプレーヤー。柔軟な打撃に加え俊足・堅守という点が来年完成し広くなる新球場にも対応できると睨み補強に踏み切ったのかもしれない。前田・緒方・嶋など手本になるベテランもいるし、持ち前の育成力で1、2番を打てる選手に化ける可能性も充分に秘めているように思う。

「何であの時、プロテクトしておかなかったのだ、コラッ!」と後になってタイガースの首脳陣が誰にともなく八つ当たりする位の活躍を見せて欲しいものである。新天地で頑張れ、赤松!

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グレゴリー・ウェルズ 〈ブーマー〉
(Gregory Wayne Wells)


正月休み中、つけっぱなしのTVにお笑いコンビ「BOOMER」の姿を見つけた。「おっと、まだ頑張っていたんだなぁ、この二人」などと感慨に耽って見ていると、もう一人の“ブーマー”が頭に浮かんだ。『ブームを呼ぶ男』になるようにと名付けられたその想いに応え10年間余りある活躍を見せ続けた助っ人だった。

ブーマー1954年、アメリカ・アリゾナ州出身。アリバニ大ではフットボールの選手を目指していたが、NFLの入団テストに惜しくも不合格となり仕方なく大リーグのパイレーツ傘下のマイナーチームと契約し野球界へ。その後、ブルージェイズとツインズの両球団でメジャーの経験を重ねた。

しかし、通算打率.228と一向に開花できず、1983年に新天地を求めて日本へ渡りブレーブスに入団すると、いきなり1年目から打率.304、17本塁打の成績を残し、翌年には打率.355、37本塁打、130打点をマークし外国人選手初となる三冠王を見事獲得、同年チームのリーグ優勝もあってMVPにも選ばれた。 

1987年に再び打点王、1989年には首位打者と打点王の2冠を獲得。40本塁打以上を3回、100打点以上を5回と、外国人選手には珍しく三振が少ないしなやかなバットコントロールで安打と本塁打を量産する。1992年にホークス(ダイエー)に移籍し、97打点で打点王に輝くもこの年限りで退団し帰国した。現在はエージェントとしてアメリカと日本の橋渡し役を担っている。

【 生涯通算成績 】(実働10年) 1148試合出場、1413安打、277本塁打、901打点、打率.317、首位打者2回、本塁打王1回、打点王4回、MVP 1回

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あっちゅー間に正月休みが終わり、今日から2008年の仕事がスタートした。オフシーズンにあった選手たちもそろそろ動き出し始めているが、たかだか1週間程度しか休んでいないのに調子が出ない我が身に置き換え「こりゃ選手たちは大変だわ」などとピントがずれた比較をしては独り深々と頷いたりしている。

梨田監督、ジャイアンツを批判する実際に体を動かさないまでも、新年早々からTVやイベント等に参加するカタチで新年の仕事始めを終えた球界関係者も少なくないだろうが、我がファイターズの梨田監督も大阪市内のデパートでトークショーを行い、今季に賭ける想いを含め大いに熱弁を振るったようである。

育成とスカウティングでチームを強化しようとするファイターズの方針に賛同し監督を引き受けた目には極めて異質なものに映ったのか、何でもラミレス、クルーン、グライシンガーと他球団から実績のある外国人選手を惜しみない資金で補強したジャイアンツに対し語気を強め批判する場面があったのだと云う。

中でも「プロ野球には若い選手を育てるという責任もある!」という力強いコメントを目にした時には言いようのない安堵感を覚えた。フロント、指揮官共に同じ方向を見ている事を改めて確認できたからだ。勢いあまって発せられた「中田の投手起用発言」にはちょいとズッコケてしまったが、ボクの愛するチームは今季も“ブレず、狂わず”真っ直ぐ進んで行きそうである。

固い意志があってチームは飛躍する。いやいや、何よりだ。

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あけまして おめでとうございます。特に書くべきネタはないのだけど例年通り、“一年の計は元旦にあり”と云う事でとりあえずアップなのだ。「さすがに、来年は書いちゃいねーだろうなぁ」などと毎年思いながらも、こうして3回目の新年挨拶をきっちり更新できちゃっているのだから暇さ加減も相変わらずである。

2008年 年賀状

仕事の都合で時間が取れず随分手抜きな仕上がりになってしまったけど、毎年恒例となっている“ファイターズ年賀状”は今年も頑なに継続した。昨年同様、野球好きと思われる方はもちろん、興味のない方々にも送り着けては「ファンの拡充にまた一役買ってしまったぜっ」と独り悦に入るあたりはご愛嬌だ。

眼光鋭いダルビッシュの横顔に、リーグ3連覇&日本一奪回に賭ける熱き想いを表現してみたのだがいかがだろう。春にはパパになり、益々大活躍して欲しいという願いが込められていたりする。さて、こんな拙いブログに長い事交流を続けて下さっている皆々さま、ホントありがとうございます。今年も変らず、お付き合いの程、何卒 宜しくお願いします。  ( 2008年 元旦 )

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