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年の瀬も押し迫るこの時期に予想だにしていなかったニュースが飛び込んできた。何でも我がファイターズが昨年のドラフトで思わせぶりにフラれた長野を獲得すべく再び上位にリストアップしたらしい。「誠意がない、評価が低い」と当時在籍していた日大監督にも散々振り回されたあの選手を、である。

長野、再指名か?長野は現在、ホンダへ進み1年目から外野の一角を獲得し、社会人東京大会では新人賞を受賞。また、日本代表として出場したワールド杯ではチーム最高打率となる.457をマークし今季のベストナインにも選出される等、輝きを失うどころかむしろ益々評価を高めてきている。

オリオンズの袴田(1973年拒否→77年入団)、タイガースの池田(1977年拒否→83年入団)など、1度入団を拒否されながら翌年以降に再指名し実を結んだという例もあるにはあるが、実施されれば極めて異例な事だ。リスクを背負ってまで獲得に乗り出そうとするのは、ほんの少しの意地に加え“将来性ある稲葉の後継者”を求める方針が働いているからかもしれない。

負けじと相思相愛とされるジャイアンツも1巡目候補に長野をリストアップしたようで、今から静かな戦いが始まりつつある。個人的には以前何度も書いたようにプロの世界に入れるだけありがたいと感謝できない奴は断じて「いらない」という主義だが、有望な選手が過剰補強の陰で埋もれて行くのも忍びないので、場合によっては“救済”もやぶさかじゃないと思っている。

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「プロ野球マニアック問題研究会」と勝手に称したメンバーの一人であるTさんから昨日お歳暮ならぬ贈り物が届いた。中身は先日行った忘年会の席で「プレゼントしますよぉ」と聞いていたファイターズグッズ。G党のTさんにはどうやら魅力的に映らないようだが、なかなかどーして予想以上に良い代物である。

リーグ連覇記念皿何でも とある球団寄りのイベントでゲットした物らしく、リーグ連覇を記念しつくられた数少ない限定品だと云う。真っ白いノリタケの陶器皿の上に主だった選手のサインが散りばめられているその装いは、あだち充が描くマンガのラストシーンを彷彿させるようで一際眩しい。

ファイターズファンである事を必要以上に広く吹聴しているせいか、今年もお蔭様で方々から関連の商品を頂いた。今回の皿以外にも、Wさんからチケットにカレンダー、Uさんか額縁入り記念プレートとレプリカユニホーム、Hさんから幸雄の2000本安打記念グッズやオリジナルシール、OさんからファイテンのRAKUWAネックレス等々、1点や2点の話ではないのだ。

以前、長嶋ファンである事が周囲に浸透しているため、過去多くのプレゼントを頂戴したという記事を書いたが、重ねて本当に幸な環境だとしみじみ思う。「まずkaneさんの顔が浮かびましてねぇ」などと聞くと、梨元勝ばりにハンカチで額の汗を拭き拭き恐縮しまくりである。「それぞれ自分で購入した物以上に大切にします。改めてありがとうございました」。(ペコリ)

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どうやらサンタさんはボクに「風邪」をプレゼントしてくれたようだ。幸い熱は上らないものの、2~3日前からのどの痛みと鼻水が酷い。以前も書いたように、ここ何年も風邪をひこうが薬一粒口にせず自然治癒に努めているため今も気合いでウィルスと戦っているのだが、何をしようにも集中力に欠け困っている。

鶴岡、姉さん女房ゲット娘が受験を控えているため、「風邪ひいちゃった」などと言おうものなら「だからあれ程注意してって言ったじゃないのぉ!」と叱責されるのは目に見えているので、家族の前では極力平静を装っている。波風立てず家庭円満を維持するのもなかなかどーして大変なのだ。(汗)

とは言え、結婚生活ちゅーのは捨てたもんじゃない。むしろ妙に冷めた若人に勧めたいくらい価値あるものだ。「男子たる者守るべき家族を持つべし」、そんなボクの古臭い想いが届いてか若い選手が多いファイターズから見事に姉さん女房をゲットしたという須永と鶴岡のニュースが続けざまに飛び込んできた。

須永は以前東京ドームのボールガールを務めていた家事手伝いの女性と、鶴岡は虫歯の治療のため訪れた歯科医院で当時受付をしていた札幌の女性と、それぞれゴールイン。互いに「今までの倍以上頑張らねばならん!」という強い想いがあるだろうし、来季は一皮剥けてぜひ飛躍の年にして欲しいものである。「ここで下降線を画いてはカッチョ悪いですぞ、ご両人」。

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いよいよ本格的な年末モードへ突入だ。クリスマスならぬクルシミマスを終えると年越し&正月と、慌しい恒例行事に追われる日も近い。何かとお金がかかるこの時期に行われるプロ野球選手の契約更改がいつも以上に眩しく目に留まり、羨望の眼差しで口をあんぐりと開けてしまう人も少なくないはずである。

稲葉、チーム最高額で更改かくゆうボクも灯油やガソリンの高騰でさえ痛手に感じる一人だが、やはり夢と希望を与える世界故、プロの年棒は雲の上に感じるくらいの方が丁度良いと思っている。中には首を傾げるような査定もあれど確かな成績を残せば万人に納得させられるのもこの世界の魅力だ。

ファイターズの稲葉が契約更改交渉に臨み、9500万円増の2億4000万円でサインした。今季はプロ入り13年目にして打率.334で初の首位打者を獲得、併せて最多安打のタイトルにも輝きチームのリーグ連覇に貢献したのだから当然の結果である。鞭打ちにならんばかりに頷きまくったのは言うまでもない。

35歳にして得た評価。若手が台頭するや年棒が重たいベテラン選手をどこか冷たく追いやる傾向が見られる球界において、山崎よろしく晩年に近づきながらの右肩上りは非常に意味ある事だ。特に目立った即戦力補強もなく来季も挑もうとしているだけに、稲葉にかかる期待は今季以上に大きいかもしれないが、変わらずドームに足を運び“揺らすジャンプ”で加勢しよう。

追記 : ダルビッシュも年俸2億円超えでサインした。これで保留者なしで全選手の契約を終了。気持ち良く2008年シーズンのスタートが切れそうである。「うむ、良かった、良かった」。

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何度も言うが、ボクは決してアンチジャイアンツではない。敬愛するミスターを輩出しプロ野球の礎を築き上げた球団としてむしろ敬意を表している。だからこそ毎年シーズンオフに繰り返えされる「金満補強」を残念に思い、敢えて苦言を呈しているのである。ほっときゃ良いものの、どーも気になってしまうのだ。

ラミネスもジャイアンツ入りクルーン、グライシンガー、に続き2年総額11億と言われる大枚をはたいて今度はラミレスを獲得するのだと云う。更に豪州代表でパドレス傘下の3Aで活躍しているバーンサイドにも良からぬ色目を向けており、さすがのG党も興ざめしそうな “乱獲政策”は止まることを知らない。

想像するに来季のスターティングラインナップは1.高橋由、2.谷、3.小笠原、4.ラミレス、5.イ・スンヨプ、6.阿部、7.二岡、8.脇谷といったところだろうか。脇谷が木村、小坂あたりにポジションを明け渡した日にゃ“純血選手”は実に3人のみになる。「いっそのことドラフトに参加せず都度実績のある選手だけをかき集めれば!」と言いたくなる程の由々しき状態だ。

若手や生え抜きの多くが出場機会を奪われるような行き過ぎた投資は、もはや補強とは呼べない域に達している。迷走する元盟主を“更生”させるためには、メジャーが導入する課徴金制度(ぜいたく税)などのような外圧的規制を設けるのも一つかもしれない。このままでは伝統ある球団の輝きが一層色褪せてしまいそうだ。ファンに背を向けられる前に何とかせんと…。

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トーマス・ユージーン・マーチン
(Thomas Eugene Martin)


一番高木が塁に出て~♪。ジャイアンツのV10を阻んだ与那嶺ドラゴンズの快挙を祝うかのように当時発売されたレコードの唄い出しだが、今回触れるのはこの曲の中でも4番打者として登場する選手である。G党だった親父が「記念だ、記念っ」と言いながら何故かそれを買ってきた日のことを思い出すなぁ。

マーチン1947年、アメリカ・ジョージア州出身。ドウティ高 から1965年ドラフト3位でワシントン・セネタースに入団するも下積みを重ね、1968年に晴れてメジャーへ昇格する。しかし出場は主に代打であり、僅か9試合で4安打 1本塁打 1打点 打率.364の結果を残すに止まった。

1974年、新天地を求めてドラゴンズに入団すると、打率.269ながらいきなり35本塁打・87打点の高記録でチームの20年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献する。その後もコンスタントに期待にそう成績を残し、1976年には自身最多となる40本塁打・104打点をマークするなど、中軸を担う重責を充分に果たし続けた。

1978年、初めてフル出場し33本塁打・84打点を叩き出すが、同年オフにホエールズに移籍する。翌年、ここでも28本塁打・83打点という及第点の数字を積むがこの年限りで退団し帰国の途に着いた。1試合2本塁打以上を年間10度記録するなど固め打ちが得意で打率の割には強い印象を与える選手だった。

【 生涯通算成績 】(実働6年) 746試合出場、698安打、189本塁打、498打点、打率.272

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大リーグの薬物使用実態を調査した「ミッチェル・リポート」なるものが発表された。報告されたのはメジャーでも著名な選手を中心に89名にも及び、中には日本に縁のあるカブレラやウィリアムスを含む10名の名前も記されているのだと云う。該当者の殆どが聞き取りに応じない状態らしく疑惑は深まるばかりだ。 

疑惑のカブレラ“助っ人”には以前から薬物使用の噂が絶えず、中でもカブレラはその体つきからも限りなく「黒」に近い存在とまことしやかに囁かれてきた。このままでは2002年に放ったシーズン最多タイの55本塁打も薬の力を借りたうえで成し得た記録と評価されそうで、何とも残念である。

薬物を使用したからといって飛躍的に球速や飛距離が伸びたりする訳じゃないだろうし、全ての輝かしいプレーを否定するつもりは毛頭ない。ただ、成績に直接影響しようとなかろうと回復力や持久力の優位性が拭いきれない以上、明らかにアンフェアな手段だ。外国人選手が日本への残留を希望するのは待遇面とは別にこんな背景もあるのかと思わず勘ぐってしまう。

ファンはもちろん日々精進しひたむきに戦っている選手たちを裏切った罪は重い。メジャーに目を移せば、例え過去の一時的な行為であれオリンピックへ出場した選手がメダルを返上した例を挙げても、記録を公式に認めて良いものか改めて物議を醸す事になるだろう。多数のMVP、サイヤング賞、個人タイトルホルダーが含まれた今回の騒動、「…」こりゃ穏やかじゃない。

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胸の「日の丸」に手をあて想い想いに国家を斉唱する。多くの人が真っ先にイメージする光景は緑のピッチに並列するイレブンの姿だろう。世界の檜舞台に上がる事を夢見、幼い頃から憧れ、目標とするジャパンブルーのユニホーム。国民の期待を一身に背負い、何はさておき優先される最高峰の集団である。

誇り高き日本代表長くその一体感を羨ましく思っていた。代表選手を抱える各クラブ共、一時的な戦力ダウンなど意に介さず、どこか誇らしげにサポートする姿勢を貫いている。サッカーに出来てなぜ野球はできない?国際大会の歴史の差だけではない閉鎖的な「体質」が確実に存在していた。

しかし、ここにきて野球界も「うちの選手は出さん!」と言って憚らなかった球団が「解った、許すっ」になり、一部静観派は残るも今や「選手が望むならサポートしようじゃないの」と積極的な姿勢を示すまでにようやく変化してきた。“国際大会=アマチュア出場”から脱却し、アジアはもとより各国のレベルが拮抗してきた事に対する危機感や競争意識の表れのようにも映る。

「迷う必要はない」とWBCのメンバーに意気揚々と参加したイチローが、改めて日本代表に選ばれる事の“誇り”を教えてくれた。来年の北京がオリンピックでは最後の国際試合になるやもしれないが、代表入りがプロ野球選手を目指す子供たちの“もう一つの大きな夢”になる日もそう遠くはないような気がする。

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昨夜、Tさん、Kさんと3人で酒を片手に野球談義に花を咲かせた。途中電話でGさんも参戦し恒例の「野球カルトクイズ合戦」が繰り広げられ、酔いで廻らない頭で応戦し合う楽しい時間を過ごした。話題は12球団から、北京、往年の名選手と脈絡もなく広がり、当然メジャーに挑戦するプレーヤーにも及んだ。

福留、カブスへ黒田のドジャーズ入りが囁かれる一方、福留がカブスと契約面で合意したと報じられている。何と4年総額で4800万ドル(約53億2800万円)になるとのだと云う。年平均で1200万ドル(約13億3200万円)、今季の3億8500万円の実に3.5倍近くに達するとは驚きである。

新入団選手発表の席に訪れた落合監督から「8月からいない選手」とバッサリと切り捨てられてしまったが、確かに7月から右ひじ手術のため戦列を離れられても尚、日本一に輝けたのだからそれも頷けるところだ。既に球団の想いは次なる世代へ向けられ、堂上直に背番号「1」を継承する旨を発表している。

本拠地リグレー・フィールドの看板広告を日本企業向けに売り出す動きがある等、背景に“ジャパンマネー獲得”の戦略があると容易に理解できるが、シーズンの後半を棒に振った選手でありながら松坂を凌ぐ待遇で迎え入ようとするカブスも随分太っ腹だ。加熱する期待の中でどれだけの結果を残せるか、慣れ親しんだ「1」を背にする勇姿から目が離せそうにない。

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クルーンに続きスワローズを自由契約となったグライシンガーのジャイアンツ入りが確実になった。あげくに「福留は無理」と判断するやラミネス獲りにも本腰を入れるらしく、空いた口が塞がらないとは正にこの事だ。現有スタッフはもちろん希望を抱く新人選手が不憫に感じてしまう程の見境ない補強策である。

中田、入団発表そこへ行くとファイターズは違う。何せ高卒だろうが力があれば直に登用しようとする土壌があるし、将来を見据え使って育てるというシステムもしかと確立されている。選手たちにとっては“どこぞのお金持ち球団”に比べ遥かにやり甲斐のある環境が準備されているのだ。

さて、今日その新人選手の入団会見が行われ、多田野は不参加ながら「1年目から全力で頑張って新人王を取りたい」と頼もしいコメントを残した注目の中田を始め8人の初々しい顔が集まった。高校生を中心に獲得したのは育成に対する自信の表れに他ならず、強固な選手層の構築に益々拍車がかかりそうで楽しみだ。一日も早く札幌ドームでその勇姿を見せてくれ。

◆出席した入団選手の詳細は下記の通り(※〈 〉内は背番号)

【 大学・社会人 】
3巡目 宮西尚生投手(22) 関大 177 74 左投左打〈25〉
4巡目 村田和哉外野手(22) 中大 165 66 右投左打〈51〉

【 高校生 】
1巡目 中田翔外野手(18) 大阪桐蔭 182 95 右投右打〈6〉
3巡目 津田大樹投手(18) 倉敷 181 75 右投右打〈48〉
4巡目 大平成一外野手(18) 波佐見 182 83右投左打〈54〉
5巡目 松山傑投手(18) 横浜商大 179 74右投右打〈57〉
6巡目 豊島明好投手(17) 北陸大谷 169 70左投左打〈67〉
7巡目 浅沼寿紀投手(18) 旭川南 181 70左投左打〈68〉


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松岡 弘 (まつおか ひろむ)

将来のエースと期待される佐藤由規が晴れてスワローズに入団した。その姿を見て過去、万年Bクラスに低迷しながらも長く投手陣の柱としてチームを牽引し続けていた選手について触れてみようと思い立った。癖のない流れるようなフォームから投じられるテンポの良いピッチングが今も鮮明に思い起こされる。

松岡弘1947年(昭和22年)、岡山県倉敷市生まれ。倉敷商業(1年先輩に星野仙一氏がいる)を経て三菱重工水島自動車製作所に進み、都市対抗野球本大会にも出場。将来性ある潜在能力がプロの目にも留まり、1967年(昭和42年)にドラフト5位で指名されサンケイアトムズに入団する。

1年目は僅か2試合の登板で未勝利に終わるが、翌年からローテーションに定着し、1971年(昭和46年) にはプロ入り初の2桁勝利となる14勝を挙げエース格に成長。1973年(昭和48年) に自己最多の21勝、1978年(昭和53年)には16勝をマークしチーム初となるリーグ優勝に大きく貢献すると共に日本シリーズでも2勝2セーブと気を吐き、同年オフには沢村賞を受賞した。

大台の200勝まであと9勝と迫りながら1984・85年(昭和59・60年)の2年間で僅か1勝に終わると潔くユニホームを脱ぐ。翌年から4年間同球団でコーチを就いた後、一度解説者に転進するも2001年から若松監督の下、再び古巣の現場に復帰し一昨年まで2軍で投手コーチを務めていた。現在は西多摩倶楽部(社会人野球クラブチーム)の監督として指揮を執っている。

【 生涯通算成績 】(実働18年) 660試合登板、191勝190敗、41S、防御率3.33、最優秀防御率1回

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我がファイターズが退団したセギノールの穴を埋めるべくパドレスなどに在籍していたターメル・スレッジ外野手(30)の獲得を決めた。メジャー通算291試合に出場し174安打、25本塁打、打率.247と実績は今ひとつ乏しいものの日本の野球に順応しそうな左の中距離打者らしく、背番号は「10」になる予定のようだ。

ジャイアンツ、クルーン獲得どっちに転ぶか解らない新戦力にいきなり4番を任せなければならないチーム事情もちょいと情けないが、現有戦力ではカバーできないのだから補強もやむなし。一日も早く外国人を向こうに押しやる位の中軸打線を確立し、この悪しきパターンから脱却して欲しいものである。

さて、同じ補強でもチーム内にそれを補う戦力がありながら、「不安要素はお金で解決しちゃうもんね」と言わんばかりに先のチーム編成など考えずしゃにむに選手をかき集めるようとするチームがある。スカウトが靴底を減らして入団に漕ぎ着けた選手たちまでが犠牲になって行くようでボクには全く理解できないが、将来のビジョンがなければ無理もないかもしれない。

先日、広岡氏が「生え抜きの若手を育成しファンに愛されるチームをつくらなければジャイアンツの未来はない」と苦言を呈していた意見に大賛成だし、上原を先発に回すための策とはいえ3億もの金を積んで獲らなきゃいけない投手だとはどうしても思えない。疑問符を付けるファンも少なくないようで、古巣を思いやるOBの声にさえ耳を貸さないとは何とも寂しい限りだ。

「なぜ、クルーン…?」 ただただ、首を傾げ唸るばかりである。

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精神衛生上、大変よろしくない。ファイターズ戦の大一番でも軽い動悸や目まいに襲われ「救心」を服用しなければならないような状態に陥るというのに、後がない国際試合となれば尚更だ。特に相手は宿敵韓国、サッカー同様必要以上に気合を剥き出しにかかってくる相手に断じて屈する訳にはいかない。

稲葉、値千金の適時打持ち帰った仕事をしながら横目で観戦しよと思っていたが、直ぐにそんな器用な事はできないと気づかされ、どっぷりとTVに釘付けに。初回に失点するも直ぐに逆転し成瀬-川上-岩瀬-上原の必勝リレーで4-3と辛くも勝利、4時間を超える死闘を制し北京に王手をかけた。

ピンチを抑える度に飛び出すガッツポーズ、加点に賑わうベンチ、ウイニングボールが新井のミットに収まった瞬間にはまるで優勝したかのような歓喜の渦が広がった。いかに選手がこの戦いに強い想いを持って挑んでいたのかが解るというもの。ボクも独り狂喜乱舞し、かみさんに怒られたのは言うまでもない。

痺れるような試合を楽しめたのも開局50周年特別番組として最後まで放送してくれたテレビ朝日のおかげ、ホントに感謝だなぁ。さて、台湾戦に勝てば文句なし、負けても0-1、1-2なら来年8月の北京五輪切符獲得が決まる。 ダルビッシュが快刀乱麻のピッチングでそれをググッと手繰り寄せてくれるはずだ。気を抜かず慎重にあと一つ、目標はアジア突破ではない。

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小田 義人 (おだ よしと)

飯山が「57」→「4」に、稲田が「54」→「5」にそれぞれ背番号が変わり、中田の「6」と併せ益々新生ファイターズの船出を感じてしまう今日この頃だが、今回は先日取り上げた「6」を背負った歴代選手の一人を紹介しようと思う。今も球界に籍を置き現在は将来あるプレーヤーの発掘に力を注いでいる人物だ。

小田義人1947年(昭和22年)、静岡県静岡市生まれ。静岡高時代には春の甲子園に出場し平松率いる岡山東商に敗れたがベスト8入りを果たす。同年のドラフト会議でブレーブスから6位指名を受けるもこれを拒否し早稲田大に進学、東京六大学野球を代表する選手までに成長した。

その後大昭和製紙に入社しベストナインにも選ばれ1972年(昭和47年)、ドラフト2位でスワローズに入団。1軍に定着できずにいた3年目のシーズンに大杉との交換トレードで内田と共にファイターズへ移籍し、いきなり僅差でタイトルを逃したが白仁天(太平洋)との首位打者争いを最後まで演じ脚光を浴びた。

1977年(昭和52年)には、柏原との交換トレードで杉田と共にホークス(南海)へ移籍したが、1981年(昭和56年)に自由契約となりバファローズに移り2年間の在籍をもって現役を引退する。退団後はそのままチームに残りスカウトを務め、現在は古巣のスワローズに戻り打撃コーチを経てスカウト部長に就いている。

【 生涯通算成績 】(実働11年) 887試合出場、610安打、67本塁打、274打点、打率.256

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