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一目散に帰宅しTVのチャンネルを合わせると既に1-9のスコア。ため息交じりに終始無言で観戦する姿を見て「おっ、こいつは機嫌が悪っ」とばかりにかみさんはもちろん子供達も近づかない。初回から大量失点、9安打を放ち目覚めかけたと思わせた打線も最後まで繋がらず力なくそのまま敗戦してしまった。

悩める稲葉「今のファイターズなら9点も取らなくても大丈夫」などと序盤から結果が解る辛い試合に独り軽く毒つきながらも明日の希望となるシーンを探すべく目を皿のように戦況を見つめたが、なかなか光明は見つからず。しいて言えば、押本・萩原の無失点リレーくらいのものだろうか。

ヒルマンが「4勝すれば良い」とドラゴンズファンには強がりにも聞こえそうなコメントを残したが、ボクもそー思う。ここまでの試合内容は確かに精彩を欠くも一つのきっかけで簡単に流れが変わってしまうのが短期決戦の怖さ、3戦11打席無安打の稲葉が適時打を1本でも放とうものならそれも可能になるはずだ。

過去○●●と進み最終的に日本一に輝いたパターンを調べてみると、1955年(昭和30年)の西鉄vs巨人、1964年(昭和39年)の南海vs阪神、1983年(昭和58年)西武vs巨人、と3回も(?)ある。共通しているのはいずれも最終戦まで要す4勝3敗の戦いであるという点。「最低、札幌に戻れる白星を取れば大丈夫という事だな」、時には根拠のない自信も必要なのである。

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昨年と同一カード、2年連続制覇を目指すファイターズと53年ぶりの日本一を狙うドラゴンズが再びあいまみれる日本シリーズがついに始まった。交流戦という戦いがあるため数年前の“年に一度の激突”的な風情が多少欠けるものの独特な雰囲気は未だ健在、緊張感を強いられる日々を嫌でも覚悟させられる。

札幌決戦五分のスタート

初戦はYさんの粋な計らいで札幌ドームでの生観戦。初回に飛び出したセギノールの3ランと、ダルビッシュのシリーズタイ記録となる13奪三振の快投で見事初戦を3-1とものにはしたが、「いやいや、たった2安打で勝ってしまうあたりがファイターズらしいわなぁ、ハハッ…」と一抹の不安を抱える喜びとなった。

セギノールの連夜のアーチが飛び出すも、嫌な予感が的中し2戦目も中田らの前に散発4安打、投げてはシーズン新記録となる1イニング5四球を含む投壊での1-8と完敗した。ダルビッシュが沈黙させたドラゴンズ打線が蘇ってしまった感があるが、この状態で“痛み分け”できたのだから御の字かもしれない。

完膚なきまでに打ちのめされた敗戦じゃなし、接戦を落とすよりも傷は浅いはずだ。シーズン中も後に引きずる事なくすぐに立て直しを図って来たファイターズ打線、覚醒しないまま終わるはずがない。投打共に奮起し是が非でも札幌での後半戦を、そのために明日からのナゴヤ決戦も「近所迷惑だってっ!」となじるかみさんの言葉にも屈せずメガホン片手に応援である。

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“高田スワローズ誕生”と言っても高田馬場に本拠地を置く新生球団ではない。(あたりめーだ) 予てから報じられていた通り、来季から指揮を執るべく高田氏が現役時代の背番号8にちなんだ「88」が付くスワローズのユニホームに袖を通した。21年ぶりに最下位に沈んだチームの再建なるか俄然注目である。

高田監督誕生1988年(昭和63年)に4年間務めたファイターズの監督を退き、2001年にジャイアンツの2軍監督を退任してからベンチで采配を振るうのは実に7年ぶりのこと。「背中を押したのは、やはり野球人だから」とコメントし、グラウンドに降り立つ現場復帰に静かなる闘志を漲らせた。

以前何度か書いたように現役時代から大好きな選手で、高校時代には学際の特別講演で身近に触れ、ボクがニッポンハムに勤めていた頃に丁度監督でサインを頂いたりと、いつも意識して見てきたせいもあって、高田氏がGMに就いている事が よりファイターズへの想いを熱くさせていたので、正直残念だ。

今までの思想通り、一時凌ぎの大型補強に頼らずドラフト戦略を含めた現有戦力の育成を柱に機動力と投手を中心とした守りの野球の改革に乗り出すと言う。また、古田が口にしていた気になるフロンとの連携も豊富な経験値で旨く乗り越えそうな期待も感じさせてくれる。どこに居ても高田は高田、交流戦などの直接対決時は別にして変わらず応援して行こうと思う。

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藤田 平 (ふじた たいら)

9月に右脇へ死球を受けた鳥谷が実は肋骨骨折だったと発表された。痛みを抱えながら出場を続けていた姿勢にプロ根性を感じたが、鳥谷と言えばタイガースの遊撃手、タイガースの遊撃手と言えばこの選手もその一人だ。柔らかなリストで安定した成績を残した球団史上屈指のアベレージヒッターである。

藤田平1947年(昭和22年)、和歌山県和歌山市生まれ。和歌山商時代は3季連続し甲子園に出場、中でも1965年(昭和40年)のセンバツでは24打数10安打、打率.417とチームを準優勝に導く活躍で注目を集め、創設したばかりのドラフト会議でタイガースから2位指名され入団する。

1年目から1軍に定着し2年目には吉田義男を二塁に追いやり遊撃手のレギュラーに定着、打率.291&リーグ最多の154安打も残しベストナインにも選ばれた。その後も円熟味ある打撃で3度の3割台をマークし4度目となる3割乗せとなった1981年(昭和56年)には打率.358で念願の首位打者を獲得する。

1983年(昭和58年)には通算2000本安打を達成しチームの生え抜き打者として初の名球会入りを果たすが、翌年打率.171と低迷すると現役を引退。一度は解説者に就くもその後2軍監督に復帰し1軍の監督代行を経て1996年(平成8年)には監督も務めた。現在は解説者の傍ら村田兆治が設立した「対馬まさかりドリームス」に参加し全国の野球少年の指導にあたっている。

【 生涯通算成績 】(実働19年) 2010試合出場、2064安打、207本塁打、802打点、打率.286、首位打者1回、最多安打1回

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来年度以降も続けて欲しいという支持率が実に70%を超えていた。クライマックスシリーズの継続について、とあるサイト上でアンケート調査が実施された結果である。寄せられているコメントも大方好意的なものばかりで、両リーグ共に最後まで盛り上がりを見せた戦いぶりが一様にそう評価させたようだ。

ナベ○ネ吼える何度か触れているが、個人的には長丁場を戦いリーグ優勝に輝いたにも関わらず僅か数試合で日本シリーズに出られないという現行の制度に違和感を持っている。少なくとも一昨年のように勝数にもアドバンテージを設けるべきで、充分そうするだけの値があるとも感じている。

でなければ、一時検討されていたはずの“さも日本一を争う”かのようなイメージを与える「日本シリーズ」という名称そのものを変えるべきだ。ジャイアンツファンではないボクでさえ どこかすっきりしないのだから、あのナベ○ネくんが「制度が悪い、リーグ優勝が何の意味もない!」と苦言を呈するのも無理はない。

ただ、今回は仮に1勝程度のアドバンテージがあったとしてもドラゴンズの勝利は揺るがなかっただろうから、負け犬の遠吠えにしか聞こえないのがちょいとばかり悲しいが…。とは言え、今後リーグ優勝チームが接戦で敗れた時の選手やファンの“げせない”落胆ぶりを想像するとこのままで良いはずがない。

掌を返すようでいささかカッチョ悪いだろうが、ジャイアンツには賛成派に同調しアドバンテージの再導入を含めた見直しを図るよう仕向けて欲しいものだ。継続する以上、必要に応じて改善を重ねる柔軟性を持ち合わせるべきだと思うのだが、さて。

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落合ドラゴンズがファースト・セカンドステージ通して土つかずの5連勝で一気にセ・リーグのCSを制し、昨年同様我がファイターズと激突することになった。興行面などを重視するばかりにアドバンテージを不要と主張したのが結果としてあだとなったジャイアンツ。制度改正を訴えかねない程の痛い敗北だ。

梨田監督正式発表さて、27日から始まる日本シリーズを前にファイターズからいくつかのニュースが飛び込んできた。ヒルマンがロイヤルズの監督に決定し田中幸雄がコーチの就任要請を辞退、そして予てから報じられていた梨田氏が来季の新監督として正式に契約したというものである。

早速、来年のカレンダー用の写真撮影を行った後に記者会見に臨み現在の機動力野球を継承しつつ長打力を生かしたカラーを押し出す方針を示した。また裏では、フロント入りを要請されている白井ヘッドコーチに代わる参謀役に福良2軍監督の昇格を検討するなど、徐々に新たな組閣づくりも動き始めた。

現役時代から好きな人物なのでどちらかと言うとウエルカムだが、ノーガードで打ち合う「いてまえ打線」の傘の下で指揮を執っていただけに選手以上の順応力が必要となる点がちょいとばかり不安だ。球界再編成で野球人生を送ったバファローズという古里をなくした男が新天地でどんな野球を見せるのか温かく見守りたい。焦らず、背伸びせず、「頑張れ、梨田さん」。

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飲めるのか疑わしい いつだかの「秋限定ビール」などが未だに冷蔵庫に眠るくらい、自宅で酒を口にする事が滅多にないボクが歓喜のあまり顔を赤らめた。満員のスタンドでその瞬間を味わえなかった巡り合わせの悪さに多少凹みつつも、「これは、祝杯だ!」とばかりコップを傾けどっぷりと余韻に浸り続けた。

CS制覇、日本シリーズへ

面目躍如、正真正銘のパ・リーグ制覇である。クライマックスシリーズセカンドステージ第5戦、ダルビッシュが7回途中まで1失点で抑える力投を見せ注目されたエース対決を制しファイターズが6-2でマリーンズを撃破。3勝2敗とし前身の東映時代を含めて通算4度目となる日本シリーズへの進出を決めた。

前回も書いたが、ダルビッシュとの経験差は明らかに大きく打線の奮起があれば恐れる相手ではないと相性の悪い成瀬に対しても不思議と嫌な気がしていなかった。自信に満ちた本来の姿が影を潜め、絶対の優位性や流れをそのまま許してくれないのが短期決戦の怖さ、過去を振り返ればままある事だ。

試合後に交わした固い握手や抱擁、敗れても尚直ぐに席を立つ事なく惜しみない拍手を送ってくれたスタンド。マリーンズナインとファンには深い感謝の気持ちと敬愛の念を抱いた。そんな多くの強い想いを胸に「パ」の代表として1992年(平成4年)のライオンズ以来となる2年連続日本一のチャンピオンフラッグ獲得に挑む。白星をあと4つ…、ヒルマン野球の戦いはまだ続く。

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行きたいけど残念ながら手元にチケットはあらず、「帰宅してテレビで応援すっか」などと思っていたところ放送局のNさんから「今日のチケットあるんですか?」と連絡が入った。しかも日頃大して仕事を出していないのにプレゼントしてくれると言う。もちろんありがたく頂戴し急遽連夜の生観戦となったのだった。

守護神崩壊でタイに勝てば2年連続の日本シリーズ進出が決まる大一番、胴上げの瞬間を見ようとファンが押し寄せた満員のスタンドに身を置くと、一気にテンションが上がるも、回を追うごとにトーンダウン。四球、三振、凡打の連続に目まいを覚え、何ともやるせない失望感に包まれていった。

怒りにも似た感情が再び芽生えかねないので、敢えて試合経過に触れないが、1-5で敗れ対戦成績は振り出しの五分に。星取り勘定もマリーンズの思惑どおりの展開になってきている感があるので、嫌な流れを一度断ち切る意味でも今日のインターバルはファイターズサイドにとっては大きいように思う。

レギュラーシーズンで4試合対峙し4敗を喫しているシーズン防御率1位の天敵 成瀬と初戦の完投後中4日で挑む同2位のダルビッシュが希望に反し明日あいまみれる事になった。打線の奮起があっての事だが、最後には昨年重ねた幾多の経験がものをいいダルビッシュに軍配が挙がるような気がするが。

平坦ではない道のりを乗り越えてこそ、勝利の喜びもひとしおというもの。投打共に攻めの姿勢を崩さず、少ない好機を確実にものにする本来の“いやらし野球”ができれば結果はおのずと付いてくるはずだ。リーグ優勝に輝きながら、納得のいかない歪な制度の犠牲となり、ここで消え去る訳にはいかない。

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一番凹むのは善戦むなしく1点差などで惜敗してしまうゲームである。それ故、1-8で落とした2戦目の戦況を目にしても、繋がれた訳じゃないし「おっ、よく飛ぶじゃん」ってなもんだった。5発の打ち上げ花火が絡む大敗には痛さはなく、どこか余裕を持って次の試合を見据えられたというのが正直なところだ。

真っ赤に染まる満員のスタンド

“胴上げ試合”にならなかったのが残念だったけど、「我の力で王手だぁ!」と思い上がりのジンクスを胸に何とか入手したチケットを片手にWさんと札幌ドームへと足を運んだ。レギュラーシーズンとはちょっと違う殺気立ったような独特の雰囲気を今年も味わえた事に感謝し、独りどっぷりと感動の渦に浸った。

何十試合と訪れた馴染みのスタンドで初めて一塁側の席になったのだが、ファイターズのベンチ内の模様をつぶさに捉えられるし、カメラマン席に迷いもなく果敢に飛び込み停滞した試合の流れを変えた稲田のファインプレーも見られるし、何だか懐かしい視界の広がりも相まってこれが意外に良かったなぁ…。

さて、試合は “らしい”泥臭い1点を先取すると7回には連打で一挙6点を奪い、投げてはグリンの力投に武田久-マイケルの磐石リレーで7-0と快勝、熱を冷ます為に自宅まで徒歩で帰宅する程に高揚してしまった。先を見越しダルビッシュにぶつけるべく成瀬の温存を図り小野の先発を決断したマリーンズだが、その思惑を潰し2度目の美酒に酔う事を願って止まない。

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「秋はどこへいった?」。北海道の一部で昨年より19日も早い初雪を観測した。亀田大毅ばりの冬将軍の反則攻撃に面を喰らってしまったが、そんな寒さを吹き飛ばすような熱き攻防が繰り広げられるであろうクライマックスシリーズの第2ステージ、ファイターズvsマリーンズの戦いがいよいよここ札幌で始まった。

初戦勝利の好発進144試合の長丁場を戦い抜いた結果がどこかないがしろにされ、ほんの数試合で日本シリーズの出場権を得てしまうという現行の制度に強い違和感があるため「是が非でも勝たねばなるまい!」と、昨年同様 まだ先にある日本シリーズの決戦よりも力が入るボクであった。

3勝すれば良しとする短期決戦、初戦の勝敗は非常に大きな意味を持ってるだけにダルビッシュには強い期待を抱いていたが、晴れてオリンピック代表に選ばれたモチベーションも手伝ってか、懸念されていた右ふくらはぎの張りもなんのその、2失点での完投勝利を飾りエースの役目をしっかり果たしてくれた。

打ってはキーマンに挙げていた稀哲が逆転適時二塁打を放つなどして5点を取るレギュラーシーズンと変わらない磐石な試合運びに頬も緩みっぱなしだ。せっかく手にしたリーグ優勝の栄冠に“矛盾の影を落とさぬよう” あと2つ、この調子で頂点へ昇るための「権利」を一気に手繰り寄せて欲しいものである。

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仲間内で高らかに公言していたように2勝1敗でマリーンズが勝ち進んできた。温存させずに3戦目に成瀬を投げさせたうえで札幌ドームに迎い入れたいと思っていたところまでは予定通りだったが、完封勝利とは。同じ勝利でも1敗を覚悟しなければならないと思わせる程の出来栄えにはたじろいでしまった。

マリーンズが決勝ラウンドへ短期決戦ではあまり参考にならないかもしれないが、レギュラーシーズンの対戦成績を見れば解るように対マリーンズ戦11勝11敗2分、対ホークス戦9勝14敗1分と、マリーンズの方が組み易いのは明らか。少しでも良いイメージで戦えるように望んだうえの希望的予想だった。

スワローズの来季監督に高田GMの就任が決定的になったとか、梨田氏を監督として招へいすべく晴れて正式に要請し遅くとも今月中にも誕生の運びになるとか、クライマックスシリーズの展望もそこそこに、あたかもシーズンオフに入ってしまったかのような話題が飛び交っているが、選手たちは迫る大一番に向け虎視眈々と準備を進め日に日に集中力を高めている。

昨年同様 本番さながらに実施した紅白戦の結果を見る限り、1点を守り抜くような接戦を覚悟しなければならない内容だったが、いつもの野球ができれば大丈夫だと信じたい。せっせと人のばかり手配して未だに自分のチケットが手元にないという悲しい状態が続いているが、何とか足を運びたいものである。

いよいよ明後日、待ちに待った熱戦の火蓋が切られる。
何だか今からソワソワ落ち着かない。武者震いだな、こりゃ。

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吉岡 悟 (よしおか さとる)

青木が見事にラミネスをうっちゃった。最後の最後まで同一チーム内で首位打者の座を奪うデットヒートを繰り広げているというのに「なぜにスワローズは最下位なのだ?」などと我がファイターズの実情と照らし合わせ首を傾げてしまったが、やはり野球は“走攻守”揃ってナンボなのだと改めて実感するに至った。

吉岡悟「首位打者」を擁しても「チームは低迷」というのはよくある事で、真っ先に弱体化したライオンズに在籍しながらも成し遂げた選手の姿が思い浮かんだ。ちと存在が地味であり、ラッキーパンチで強敵を倒してしまった無名のボクサーのような印象を未だに持ち続けていたりする。

1949年(昭和24年)、富山県中新川郡生まれ。富山商を経て1967年(昭和42年)、1位指名された村田兆治の影に隠れるようにドラフト10位で入団。オリオンズ時代は6年間で僅か66試合の出場と長く2軍生活を強いられている中、1975年(昭和50年)に菊川との交換トレードでライオンズ(太平洋)に移籍する。

1年目から戦力として1軍に定着し2年目の1976年(昭和51年)に正二塁手の基の負傷欠場などもありレギュラーの座を獲得、打率.309をマークし首位打者とベストナインに輝いた。しかし、以降再びベンチを暖める機会が増え、1979年(昭和54年)のシーズン途中に行沢とのトレードでファイターズに移籍するも3年間結果を残せず現役を引退、そのまま球界から退いている。

【 生涯通算成績 】(実働14年) 546試合出場、314安打、12本塁打、89打点、打率.247

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伊東 勤 (いとう つとむ)

松坂が抜け裏金問題が発覚するなど、心労の絶えないシーズンを送った後に下された結果がちょいと残念だ。26年ぶりにBクラスに沈んだライオンズ伊東監督が退団の記者会見に臨み、後任に渡辺久信2軍監督の内部昇格が決まった。そこで今回はその伊東監督の現役時代について触れてみたいと思う。

伊東勤1962年(昭和37年)、熊本県熊本市生まれ。熊本工業時代に夏の甲子園に出場し当時の根本監督の目に留まり所沢高(定時制)へ転校する。同時に囲い込まれるように球団職員として採用され、1982年(昭和57年)、晴れてドラフト1位でライオンズに入団し周囲を驚かせた。

ルーキーイヤーから33試合に出場し徐々に頭角を現し3年目には113試合でマスクを被りレギュラーを獲得する。以降、他球団から加入する大宮、中尾、中嶋や、新たに加入する垣内、高木、和田らを蹴散らし長きに亘りホームベースを死守し続け、野村に次ぐ歴代2位となる通算2327試合出場を果たした。

2002年から総合コーチを歴任し2004年より監督に就任。1年目からプレーオフ、日本シリーズと勝ち進みいきなり日本一の栄冠を手にする。ベストナイン10回・ゴールデングラブ賞を11回獲得、また現役を通じて14回のリーグ優勝、8回の日本一に貢献・経験するなど名実共に球史に残る捕手の一人であった。

【 生涯通算成績 】(実働22年) 2379試合出場、1738安打、156本塁打、811打点、打率.247

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運命のドラフト会議を前に朝から変に落ち着かない時間を過ごした。別にボク自身が指名される訳でもないのに注目される選手がいるとなぜかそうなってしまう。特に贔屓にするファイターズが競合覚悟で有力選手の獲得に乗り出すとなりゃ尚更で、結果を直視できない状態に陥るのをここ数年常としている。

ファイターズ、中田の交渉権獲得昨年は、まだ全国から脚光を浴びる前から注目していたマーくんをハズシ悶絶、一昨年は抽選時のトラブルがあったものの陽くんを獲得し軽く小躍りした。様々なドラマが生まれる高校生のドラフトはいつ見てもハラハラ、シーズン中の試合に劣らず妙な緊張を強いられる。

朝、生放送される番組を録画予約してきたものの辛抱堪らなくなり、頃合を見計らってPCに向いマウスに手をかけた。一度硬く瞑った目を徐々に開き画面を見据えたところすぐに“中田翔”の文字を発見、交渉権を獲得したのが我がファイターズである事がにわかに信じ難く何度も瞬きを繰り返してしまった。

予想通りタイガース・ホークス・バファローズとの間で抽選となったが、貧打でも何とか優勝をした事に対するご褒美か、想いが届いて非常ーに満足だ。「BIG3」と呼ばれた残りの2人、佐藤(仙台育英)はスワローズ、唐川(成田)はマリーンズに決定、両選手の今後の成長ぶりを追いかけるのも楽しみにしたい。

育成に対する自信の表れか、12球団最高の6選手を果敢に指名したファイターズ。若い力で更なる強いチームへ、中田を始め一日でも早くその勇姿を札幌ドームで見たいものである。

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梨田 昌孝 (なしだ まさたか)

ストーブリーグさながらにヒルマン監督の後任人事をめぐる記事がスポーツ新聞等で書き立てられているが、ここにきて「候補の中から梨田氏に一本化し今後具体的な交渉を進めて行きそうだ」などと伝え始めた。どう転ぶのか解ったもんじゃないが、今回はその梨田氏の現役時代の足跡に軽く触れてみる。

梨田昌孝1953年(昭和28年)、島根県浜田市生まれ。浜田高校時代から捕手としてチームを牽引し、高3の春・夏に連続して甲子園出場を果たすも共に1回戦で敗退してしまったが、強肩&巧打の非凡な素質と将来性を買われ1972年(昭和47年)、ドラフト2位でバファローズに入団する。

僅か9試合の出場ながら1年目から頭角を表し翌年より1軍に定着、体をくねくねさせる独特な『コンニャク打法』で勝負強さを発揮し、1979年(昭和54年)には114試合マスクを被り悲願のリーグ初優勝に貢献した。卓越した守備も高く評価されベストナインを3回獲得、ダイヤモンドグラブ賞も4度受賞している。

1988年(昭和63年)、伝説となったオリオンズとの10.19の第1試合で勝負を決める適時打を放ち、この年を最後に現役を引退。退団後は解説者を経て、1993年(平成5年) に古巣へコーチとして復帰し2000年から監督に就任する。5年間で一度リーグ優勝も成し遂げ、現在は解説者の傍ら大阪産業大の客員教授に就任、個人芸能事務所トゥルーマサも運営している。

「近鉄」最後の監督であり、バファローズの歴史の中では選手・監督両方で優勝を果たした唯一の人物でもある。

【 生涯通算成績 】(実働17年) 1323試合出場、874安打、113本塁打、439打点、打率.254

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