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別当 薫 (べっとう かおる)

スワローズの青木が56年ぶりに史上最速となる373試合目にしての通算500安打を達成した。と言うことで今回はその記録を塗り替えられた側の選手を紹介する。子供の頃は頻繁にCMが流されていた“HOYAバリラックスIIのおじさん”のイメージしかなかったけど、実は素晴らしいプレーヤーだったのである。

別当薫1920年(大正9年)、兵庫県西宮市生まれ。旧制甲陽中学時代は春・夏計3度甲子園に出場、慶應大では当時の史上最高打率.500をマークし首位打者に輝くなどの活躍を見せる。卒業後は一旦家業を継ぐが1947年(昭和22年)に憧れの景浦がいるタイガースに入団した。

1年目から早くも首位打者争いに加わるも故障でやむなくリタイアするが、翌年は打率.322と本領を発揮。そのオフに勃発した2リーグ分裂騒動で本堂、土井垣、大館らと共に毎日に移籍すると、いきなり打率.335、43本塁打、105打点を記録、本塁打王・打点王を獲得し、チームのリーグ優勝に大きく貢献した。

セの覇者松竹を迎えて行われた日本シリーズでも打率.500、3打点でリーグ表彰に続きシリーズでも初代MVPにも選ばれ、1954年(昭和29年)からは選手兼任監督に就任し1957年(昭和32年)には現役を退き監督業に専任する。その後、バファローズ、ホエールズ、カープでも指揮を振るい通算1000以上の勝ち星を重ねるが、最後まで優勝の美酒に酔う事はなかった。

【 生涯通算成績 】(実働10年) 891試合出場、965安打、155本塁打、549打点、打率.302、本塁打王1回、打点王1回、最多安打1回、MVP 1回

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