プロ野球に関することを中心に勝手気ままに感想・意見・思い出話などを綴るサイトです。
オフィシャルサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
7連敗を阻止したのはやはりエースのダルビッシュだった。調子が悪いと言いながらも8奪三振&2安打でマリーンズをピシャリと抑え込み、一昨年の江尻以来の完封劇で見事にチームをドロ沼から救い出した。今季の奪三振数もここまで61とダントツでリーグトップをキープしているあたりも、いやはや素晴しい。

ダル、今季初完封自信と若さがあるが故 進化する速度も目に見えて早く頼もしいったらありゃしないダルビッシュだが、湿り続ける打撃不振の状況は相変わらずで尚も深刻だ。連敗中の平均得点1.5点をも下まわる虎の子の1点を死守しての勝利だっただけに手放しで喜んでばかりもいられない。

とは言え、打線はいつか上向くもの。先日プロ初安打を記録した陽や洋平あたりの若手が流れを変える起爆剤になったり、ダルビッシュを中心とした投手陣の踏ん張りがあれば必ず上位に食い込む戦いができるはず、あとはちょっとした きっかけだけだ。それにしても長いトンネルだったなぁ、ホント今回限りにして欲しい。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
スポンサーサイト
ついに北海道にも本格的な花粉シーズンが到来した。目が痒い、鼻水&くしゃみが止まらない、年々エスカレートして行く症状に頭を抱える日々が当分続きそうである。低迷するファイターズのせいもあって更に免疫力が低下するのは必至(?)で、「ま、負けてたまるかっ!」と見えない敵に果敢なる抵抗が必要だ。

何を今更的高野連の対応赤く痛痒くなった鼻をティッシュでおさえながら読み込んだ新聞紙面に、誰もが“百も承知”の事であるにも関わらず、あたかも隠された真実のように『特待制度適用校次々と発覚!』などといったタイトルで記事が掲載されており、首を傾げては思わず鼻水を垂らしてしまった。

何でも高野盟が全国調査を実施した結果、学生野球憲章に抵触するとしているスポーツ特待制度をPL学園、東北、済美など甲子園常連校が適用していた事が解ったらしく、制度実施校の対外試合禁止処分はないものの特待制度を受けていた選手は5月31日まで対外試合参加を差し止められるのだという。

野球に限らず私学は奨学制度で受け入れている現実があり、特待内容に差はあれど、それを特色にもしている。度が過ぎてはまずいが、スポーツで高い能力を持つ事も立派な個性であり優遇しても構わないとボクは思う。越境入学までさせ選手をかき集める商業的活動を公に咎めないままにいた高野盟側には何の責任もないのだろうか? 何を今更といった感じである。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
仕事の忙しさもあるけど、開幕してからの更新頻度が低い。ファイターズに関係ないプロ野球全般の話題や昔の選手を穿り返して記事にしていても、やはり勝たないとテンションが上がらずPCに向うのもどこか億劫になってしまう。「まだ始まったばかりなのだ」と自分に言い聞かせるも、さすがに軽く凹んでいる。

4連敗で借金6打線が繋がりの無さをヒルマンも嘆いているが、残念な事に25試合を消化して8勝14敗3分、借金6の単独最下位。参考までに昨年の同じ試合数での状況を確認して見ると14勝11敗、貯金3で3位につけ、首位とのゲーム差も1.5と混戦の真っ只中にしっかり居座っていた。

先発・中継陣共に振るわず、抑えのマイケルは離脱。おまけに昨日は試合中にも関わらずグリンが投球中に左背筋に痛みを訴え勝手にベンチへ下がり、そのまま登録を抹消される始末。「チームの状態が悪い時はこんなもの、沈むだけ沈んでその反動で高く飛び上がるのだぁ!」と無理に拳を固めている。

長丁場のペナントレース、ボクは端から貯金を持った首位争いを続けるという高望みをしていない。順位は別にオールスターの折り返し地点まで5割近くをキープしていれば充分だと思っていた。簡単のようで難しいそのペースを取り戻せるか、今は我慢の時なのだ。「もう少し耐えましょうかね、ファンの皆さま」。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
我家では読売・朝日・毎日などの中央紙ではなく、地元に思いっきり根付いている北海道新聞(通称:道新)を購読している。もちろん普段はファイターズをべったり応援している新聞ではあるが、さすがに今朝の紙面構成だけはスポーツ面の他に1面にも田中のプロ初勝利を記す活字やカラー写真を躍らせていた。

田中、13K完投プロ初勝利ファイターズのスウィーニーも開幕から4試合目にして初白星を挙げたけど、田中の初勝利には当然敵うはずもない。イーグルスに在籍しても尚、未だに北海道のヒーローであるという事を改めて実感してしまった。札幌ドームで活躍されると複雑な気分になるぞ、こりゃ…。

両リーグを通じ、新人完投一番乗りに加え、高卒ルーキーの域を超えた13奪三振のおまけ付き。 3月29日、デビューを飾ったホークス戦で2回途中までに6点を奪われKOされてしまい、思わず自ら2軍行きを口にする弱気な部分を見せたというが、見事なリベンジである。喜びもひとしおだったに違いない。

永井に続きルーキーが連夜の活躍。若いこの2人が昨季のダル・八木のように互いに良い刺激を与え合い勝ち星を重ねたりすると「ひょっとするとAクラスも夢じゃないぞぉ」と幾分焦りを感じ暫し考え込んでしまった。この先、田中がどんな投手に成長して行くのか、新たな歴史を刻む扉がついに開け放された。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
岡本 伊三美 (おかもと いさみ)

球史を振り返ることで名前や実績はそれなりに知ってはいたけど、ボクが生まれる前に現役を引退しているし、残念ながらプレースタイルは知るよしもない。あるのは白髪頭にメガネ姿の監督時代の記憶だけだ。強く輝いていた南海ホークスを支え、球団500号のメモリアルアーチを記録している選手でもある。

岡本伊三美1931年(昭和6年)、大阪府大阪市生まれ。京都第一工業学校(現洛陽工業高校)卒業後、テスト生として1949年(昭和24年)南海ホークスに入団する。1年目こそ13試合の出場で打率.143に止まるも2年目には早くも頭角を現し、以降チームの中心選手として活躍を続けた。

1953年(昭和28年)には打率.318で首位打者とMVPを獲得。二塁につく守備も堅実でベストナインにも5度輝き、蔭山和夫、飯田徳治、木塚忠助らと共に「100万ドルの内野陣」と呼ばれた。1963年(昭和38年)限りでユニホームを脱ぎ、解説者を経て古巣の南海・サンケイ・阪神・近鉄のコーチを歴任する。

1984年(昭和59年)からはバファローズの監督に就任し4年間指揮を執った。1998年(平成10年)から2001年(平成13年)までは同球団の代表も務め、現在は日本プロ野球OBクラブ顧問として活躍している。1980年代の日本女子テニス界をリードした一人、岡本久美子 元選手は伊三美氏の次女である。

【 生涯通算成績 】(実働13年) 1289試合出場、1018安打、125本塁打、513打点、打率.257、首位打者1回、MVP 1回

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
ワンサイドゲームは何度も観た事があるけど、ナマの観戦でこれだけの大差がついた試合は初めだ。大味な展開が好きではないとは言え、やってのけたのがファイターズとなりゃ、そりゃもう終始テンションも上がりっぱなしである。開幕から深い冬眠状態にあった打線の目覚めにストレスも随分解消された思いだ。

23安打18得点で大勝

得点経過の回想が無理な位にあわや毎回得点になろうかという見事な攻撃を見せ、1974年(昭和49年) 6月2日に記録した対ブレーブス戦の25安打に次ぐ球団史上2位の23安打を放ち18-3と快勝。リーグ最少の51得点のうえ、つい先日20イニングス無失点敗戦で喘いでいたのが嘘のような繋がりだった。

お祭り騒ぎに酔いしれる一方、2番手で登板し5回でリーグ記録にあと1と迫る18安打を浴び14失点を喫した一場の続投が気になった。周りにいたファイターズファンからも「こら~っ、野村っ!一場を殺す気かぁ!」などと野次が飛ぶ始末。あれがノムさん流の愛情を持った試練なる起用なのだろうか。う~む。

稀哲・賢介共に4安打、金子のプロ第1号、幸雄の2安打、紺田の走者一掃の三塁打など内容もすこぶる良かった。過去、得てして花火を華々しく打ち上げた次の試合がパッとしないケースが多いのがちょいと気になったりするが、何とかこれを機に上昇気流に乗って欲しいものだ。観戦すればまたまたの勝利、いやはやホントこの巡り合わせには我ながら驚いてしまう。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
畠山 準 (はたやま ひとし)

球史に残ると言えるのか、はたまた名選手と呼べるのか、またまた微妙な人選だけど、ボクにとって思い出深い選手であれば良いのである。甲子園を賑わせした頃から同世代とあって密かに応援していたけど、個人的には僅か55試合しか出場経験のない荒削りな投手時代の方がイメージに強く残ってたりする。

畠山準1964年(昭和39年)、徳島県生まれ。1982年(昭和57年)、蔦監督の率いる池田高校のエースとして夏の甲子園に出場。1年後輩の水野、江上らと共に「やまびこ打線」の主軸として全国制覇を果たし、同年秋のドラフト会議で投手としてホークス(南海)に1位指名され入団する。

1年目から1軍の試合に登板、2年目の1984年(昭和59年)には32試合で5勝12敗、防御率4.24の成績を残すもそれ以降伸び悩み、1987年(昭和62年) にフォーム改造で腰を痛めた事を機に打者に転向。翌年の8月にはバファローズ戦に出場し石本から初安打初本塁打を記録し新たなスタートを切った。

1990年 (平成2年)に監督が杉浦から田淵に変わると出場機会が減少し、オフには自由契約となり翌年テスト入団でホエールズ入団する。1993年(平成5年)には6番・左翼手のレギュラーを獲得、128試合に出場し打率.281、14本塁打、72打点と開花するが徐々に下降、1999年(平成11年)限りで現役引退した。その後は球団職員となり、時折野球解説者も務めている。

【 生涯通算成績 】(実働17年) ◇投手:55試合出場、6勝18敗、防御率4.74 ◇野手:862試合出場、483安打、57本塁打、240打点、打率.255

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
“根回し金”の次は“過剰契約金”である。今日発売された『週刊文春』の記事内容を受けてベイスターズが2005年に自由枠で獲得した那須野(日大出)に1億円+出来高払5000万円の最高標準額を大きく上回る5億3000万円の契約金を支払っていた事実を認め発表した。球団内の処分は特にないらしい。

ベイも裏金問題発覚先日、「うちだけじゃない」と仄めかすようにライオンズが「15選手に11億9000万円の超過支払いがあった」と明らかにしたが、やはり他球団でも常態化していた。「ファンが望むチーム強化の一環なのだから必要経費として捉えて欲しい」ぐらいに思っているかもしれないなぁ。

最高標準額という表現故 違反と咎める訳にはいかないうえに、今回の件が『倫理行動宣言』以前の話しだとは言え、一場事件の責任を取ってオーナーが辞任した直後の新体制で5億円以上の契約金の覚書を交わすとは、さすがに非常識。球界全体の体質を物語っているようでただただ苦笑するばかりだ。

「ルールで決まっていないものは違反行為ではない!」。この歪んだ意識を変えない限り、希望枠を廃止し、いくら知恵を絞りドラフト制度を改定しても不正はなくならないだろう。「そんな金があるなら、ファンや実際に活躍している選手たちに少しでも還元したらどーなのだ!オオッ」と声をあらげたくもなる。

ライオンズ・ベイスターズだけをスケープゴートにしたて、どこまで誤魔化し続けるのか。心中穏やかじゃない球団もあるに違いない。「困ったもんだねぇ。倫理行動宣言は1億+5000万円って話でしょ? うちは守っているんじゃないのかねぇ」と語る一番資金力のあるオーナーさん、本当に大丈夫なのかねぇ…。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
昨日、息子が中学校に入学した。上の娘は最上級生でバスケットボール部の主将に就任し新入部員の獲得に鼻息も荒く何かと忙しくしている。その影響か、まったくスポーツに興味を示さなかった息子が比較的同じレベルからスタートできるテニスやバトミントンなどを視野に入部を検討し始めたから意外だ。

使い込まれたバットボクとしては当然野球を勧めたいが、さすがに経験・実績・センス ゼロでは明らかに厳しい。大リーグボール養成ギブスを造る夢もここで途絶えてしまうのが残念だけど。まぁ、本人が選んだものを応援するしかあるまい、3年間何があっても最後までやり抜くという事を条件に。

引越しを幾度と繰り返したのに、奇しくもボクも卒業した学校に通う事になった2人。多少現代風にアレンジされ違和感があったけど、校歌を一緒に唄えるなんざ何かとも感慨深い。心身共に人生の中でも一番大きく変化する中学校生活、勉強はそこそこに、たくさんの友達と思い出をつくって欲しいものである。

さて、今も部活の華と信じていた野球がバスケットの部員数に劣っていると聞いた。グラウンドにはナイター設備があり、高校野球も全国レベルまで上がり、あげくにファイターズというプロ球団が地元にある環境なのに、なぜなのだろう? と思ったが硬式野球チームに所属する生徒が増えている背景もあるようだ。

「なーるほど、プロが近くに存在するからこそ、それを目指した現象なのだなぁ」と変に胸を撫で下ろし、独り何度も頷いた。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
毒島 章一 (ぶすじま しょういち)

東京出張などでここ数日、すっかり更新を怠ってしまった。鉛のように重たい疲労感にも襲われ頭がまったく回らず、そのうえ アマ・プロ含めた球界全体に波及しそうなライオンズの裏金問題や松坂の鮮烈なデビュー戦などの話題にもすっかり乗り遅れてしまったため、3度連続してまたまた大好きな昔話である。

毒島章一1936年(昭和11年)、群馬県桐生市生まれ。桐生高では投手を務め活躍し1954年(昭和29年)東映フライヤーズに入団。肘を痛めていたため外野手に転向すると1年目から一軍に定着し103試合に出場、75安打を放ち2年目には早くもレギュラーを奪い打率.298の記録を残す。

1957、58年(昭和32、33年)に、.307、.306と連続3割をマーク。1962年(昭和37年)には自己最多の77打点、27盗塁でリーグ優勝・更に日本一にも貢献する。また、二桁三塁打を4度達成し1970年にはのちに福本(ブレーブス・115本)に破られるまで通算三塁打106本の日本新記録を樹立し称賛を浴びた。

東映一筋に18年間プレーし『ミスターフライヤーズ』と呼ばれ、2000本安打にあと23本と迫りながら35歳でユニホームを脱ぐ。引退後は東映フライヤーズ、太平洋クラブライオンズ・西武ライオンズのスカウト、コーチ、フロントを歴任、解説者をする傍ら一時マスターズリーグ東京ドリームスのコーチを務めていた。

【 生涯通算成績 】(実働18年) 2056試合出場、1977安打、122本塁打、688打点、打率.277

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
ラルフ・ブライアント
(Ralph Wendell Bryant)


ファイターズの話題に触れようとすると涙が溢れてくるので現実逃避を決め込み、また関係ない話である。前回のデストラーデ同様、こんな助っ人がいたら ありがたいったらありゃしないだろうなぁ。バットを膝でいとも簡単にへし折るわ、ドームの天井に打球をぶつけるわ、実力と併せ何かと話題の多い選手だった。

ブライアント1961年、アメリカ・ジョージア州生まれ。ボールドウィン農大から1981年ドジャースに入団するもマイナーとの往復を余儀なくされ、1988年に友好関係にあったドラゴンズ入団する。しかし一軍登録の外国人枠2名に郭とゲーリーがいたため、そのまま二軍で燻る事になった。

そこへ大麻不法所持により逮捕されたデービスの穴を埋めるべくバファローズが獲得を打診し、同年6月に金銭トレードが成立。途中入団で僅か74試合の出場にも関わらず34本塁打を放ち、翌年には49本塁打、121打点で初の本塁王のタイトルを獲得し、リーグ優勝に貢献。シーズンMVPにも選出される。

1993年には本塁打・打点の2冠を達成し、翌年も3度目となる本塁打王に輝いたが、1995年にケガで48試合の出場に止まるとそのオフに解雇された。引退後は帰国するが、2005年には仰木監督の招聘でオリックスの打撃コーチに就任。再来日を果たしたものの1年で退任してしまう。「三振かドラマチックなホームラン」、観ていて何とも解りやすく、清々しいかった。

【 通算成績 】(実働8年) 773試合出場、778安打、259本塁打、641打点、打率.261、本塁打王3回、打点王1回、MVP 1回

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
都 裕次郎 (みやこ ゆうじろう)

「夜霧よ~、今夜も~ありが~と~ぉ~♪」。言うまでもなく、“裕次郎”は父親が石原裕次郎のファンだったところから名づけられたようだ。今日は敗れるも開幕から調子の良いドラゴンズで、一昔前 短いながら左のエース的な存在として活躍した選手である。全盛期のスライダーの切れには目を奪われたなぁ。

1959年(昭和34年) 、滋賀県大津市生まれ。甲子園には馴染みのない無名の堅田高時代、抜群の制球力で1試合22三振を奪う快投などを演じた事から「本格的左腕」「江夏2世」と呼ばれるまで脚光を浴びるようになり、1977年(昭和52年) ドラフト1位でドラゴンズに入団する。

1、2年目こそ1軍での登板はなかったが、3年目の1979年(昭和54年)に1軍昇格、5年目の1981年(昭和56年)には6勝しローテーション入りすると、翌年には本来持っている実力を開花させ16勝5敗をマーク。同年のドラゴンズのリーグ優勝に大きく貢献すると共に最高勝率のタイトルも併せて獲得した。

1984年(昭和59年)には開幕7連勝を含む13勝を飾るが、翌年から腰痛や肩の故障に苦しみ徐々に精彩を欠き、5年間で僅か2勝を挙げるに留まった。1989年(昭和64年)のシーズン終了後にユニホームを脱ぐと、そのままドラゴンズで打撃投手・スコアラー・投手コーチを経て、現在はスカウトを務めている。

【 生涯通算成績 】(実働13年) 243試合登板、48勝36敗10S、防御率3.73、最多勝率1回

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
折角Wくんから貰った1、2戦目のチケットを仕事の都合でやむなく人に譲ってしまった。その間、1敗1分とホームでも波に乗れないファイターズに凹んだ。「このままでは“札幌ドームでは負けない”的な神話さえも崩れかねない」と危機感を抱き、尻から火が出るくらいの勢いで息子と球場へ向ったのだった。

新設されたVIPシート昨シーズンも何度か利用したバックネット裏のスーパーシート席に行くとすっかり様変わりしていて驚いた。ゆとりのスペースにテーブルの付きの柔らなシート、ドリンクホルダーの中には、そのエリアに座る者だけが利用できる専用ラウンジの説明書が挟まれる丁寧ぶりだ。

バックネット裏からの撮影さながら国際大会の報道ブースのような状態、身長180cmを超える大男のボクには嬉しい限りだが、球場との一体感から阻害される感は否めない。それでも6年ぶりに先発し好投した建山や3ランを放った稲葉の活躍などに、6回までは見事なはしゃぎっぷりを披露していた。

しかし、7回から登板した武田(久)がピリッとしないところから、いらいらし始めたせいか白熱ならぬ“発熱”が。同点に追いつかれるピンチを救った稀哲のホーム捕殺がなければ、シートの心地よさも手伝ってその場で寝込むところだった。(1日遅れの更新はそのせいなのだ) 相変わらずボクが観戦するとなかなか負けないファイターズ、つくづく巡り合わせが良いなぁ。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking