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アマ側や選手会などからの激しい逆風に耐えかね、紆余曲折の末 希望枠撤廃は結局今秋から実行される事になった。一歩譲り折れたカタチになったジャイアンツは分離ドラフトの存続、完全ウエーバーの否定、アマから直接メジャーに行けないような新制度構築など、今後も独自持論を展開する構えのようだ。

中田、2打席連続アーチいかに自軍に有益な制度にしようと目論んでも、高校生なら尚更だが競合を避けられないスラッガーは必ず存在する。それに値するのが、大阪桐蔭の中田翔だ。特段野球ファンでなくても今秋の目玉と言えばいの一番に名前が挙げられるだろう、正に10年に一人の逸材である。

昨日行われた佐野日大との2回戦では、清原や松井に並ぶ2打席連続本塁打を放つ本領を発揮。今大会から飛ばない“低反発ボール”が使用されているにも関わらず「芯でとらえれば同じでんがな」とばかりにまったく問題にしていない。特に左中間席に運んだ2本目のアーチは各球団の監督をも唸らせた。

元バファローズの石井浩郎ばりに手首がちょいと硬いのところが気になるが、面構え、体格、ハートは申し分ない。次戦は準々決勝、“17奪三振”の快投を演じた常葉学園菊川の田中との対戦、1大会最多本塁打3本にも王手をかけ頂点までの挑戦が続く。どこまで進化するのか、う~む、目が離せない。

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ファンの意見に耳を貸さず、勝利のためだと大枚をはたいては大型補強を繰り返す。あげくに歩み寄りの姿勢を見せながらも希望枠の撤廃に異論を唱えていた球団がある。それに比べ元々希望枠の利用に消極的で大型補強は皆無、FA宣言しての残留を基本的に認めないという対照的な球団が存在する。

カープ、歴代球団旗それがカープである。資金力がないと言ってしまえばそれまでだが、経営は堅実的で、先日行われた株主総会の席で発表された2006年決算でも減収減益ながら実に32年連続で黒字を維持。金をかけずとも一流選手を自前で育てる、その辺が大変よろしかったりするのだ。

近年は結果が伴わないのが残念だが、生え抜きの選手の育成は12球団でも1、2を争うイメージが未だに強い。戦後、原爆による壊滅的被害からの復興を目指し希望の光として設立された市民球団、どこよりも苦労して来た歴史は何とも感慨深いものがあり、昔から自然に肩入れしたくなるチームの一つだ。

梵、東出の1、2番コンビ、2000本安打目前の前田に成長著しい栗原や新井、赤ゴジラ嶋、ベテランの緒方など、助っ人野手不在の純和製打線でも充分に戦える羨ましい程の顔ぶれが揃っている。近づくセ・リーグの開幕、こんなチームが強くなるべきだという願いも込めて今年も陰ながら応援したいと思っている。

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指折り数え、待ち望んでいたペナントレースがついに始まった。年間144試合もある長丁場の中の1試合に過ぎないけれど、やはり特別な思いで観戦してしまうのが開幕戦である。昨年は札幌ドームでその晴れの日を堪能できたものの今年は敵地でのスタート、TVの前でエールを送るしか術がないのが残念だ。

ファイターズ、開幕戦飾れず開幕投手は昨年5月から10連勝中のダルビッシュ。特別な意識はない言いながら、先日亡くなった菅野氏への誓いを胸にしたマウンドとなった。立ち上がりから危なげないピッチングにエースの風格を感じ、「よーし、よし」と絶えず深々と頷き続けていたため今も首が痛い。

賢介、木元のタイムリーなどで加点し一時は4-0とリード。頭の中で『ファイターズ連覇へ好発進!』などという活字が躍る紙面を想像したのも束の間、ズレータに手痛い満塁弾を浴び同点に。あげくに次の7回表の攻撃中に雨が強くなり30分の中断後、コールドゲームが宣告され引き分けに終わってしまった。

負けにも等しい引き分けに感じ、暫く気分が晴れなかったが、またしても土の付かないダルビッシュの強運に僅かな希望を無理やり見出す事でモヤモヤ感を紛らした。明日もマリーンズ戦、スッキリと仕切り直しの白星と行きたいものだ。嬉しくも悲しくもストレスが溜まったりするが、これからほぼ7ヶ月強、タップリと野球を楽しめると思うと、「ムフフッ」頬が緩むなぁ。

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ライオンズの裏金問題で揺れるNPBが代表者会議を開催した。アマ側の総意として「球界の浄化のため希望枠撤廃」を求めていたが、推進派の8球団を他所にジャイアンツが消極的姿勢を貫き紛糾。結局、今季は暫定的に現行制度を維持する方向が強まり、方々から失望に似た怒りの声が挙げられている。

清武代表、語るFA短縮を譲らないジャイアンツの強硬姿勢と、それこそ“裏金”でも貰ってそうな根来くんの仲裁案が発端となったようだ。有力選手の海外流出や指名拒否を憂う意見も解らないでもないが、その裏には自軍の補強面しか目にない「エゴ」がしっかり隠れているように映る。

アマ側は再度、希望枠の撤廃を求めていく方針を確認したが、成し得ない場合はせっかく溝が埋まりかけていたプロ・アマの交流を以前のように一切凍結させる可能性もあると云う。また、日本プロ野球選手会々長の宮本も「本当に野球界のことを考えているのか…」と首を傾げ、ファン離れを懸念している。

直ぐに完全な制度を構築できなくてもいいから、まずは“撤廃”を推進しFAなど細部は徐々に改定すれば済む事。何も実施をいたずらに先送りにする必要はないはずだ。「今季の希望枠獲得選手の根回しが充分に整ってるっちゅーのに、無駄になるじゃないのぉ、エエッ!」と叫んでいるようにしか聞こえない。

私腹肥やしに奔走し、なぜ「プロ野球全体を繁栄させる」という考えに立って歩み寄ろうとしないのか、 ため息しか出てこない。盟主ならぬ“迷主”だなぁ、今のジャイアンツは。

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「ほーたーるのひかり、まどのゆき~♪ 書よむつき日、かさねつつー♪」、息子がめでたく小学校を卒業した。白いタイツを穿かせて校門をくぐったのがつい先日の事だったように思われ、時の流れの早さにいささか面を喰っている。これだもの精神年齢を置き去りに体力だけが一方的に歳を重ねるはずである。

正田・金澤、交換トレード成立

涙を拭うまでもないがファイターズにも、ちょいとした別れ話が飛び込んできた。夏の甲子園で全国制覇し2000年に桐生第一高校からドラフト1位で入団、2002年には新人王も獲得した正田の移籍が発表された。交換要員は先発、中継ぎとフル回転、経験・実績も豊富なタイガースの右腕、金澤だ。

ダルビッシュに八木、金村、グリンなど先発陣が充実しており、ローテーションの軸として活躍していた頃の面影もなく、悲しいかな戦力構想から外れる状況にあった。このまま下でくすぶり続けるよりも新天地で巻き返しを図る良い機会なので、正田にはタイガースでもう一度あの頃の輝きを取り戻して欲しい。

一方、ファイターズに来る金澤は磯原高、NTT関東を経て1999年にドラフト2位で入団、通算9勝7敗1セーブ、防御率3.96ながら、佐藤投手コーチがタイガースで指導していた時代に高く評価していた器用な投手。現状では先発陣に故障があった場合のバックアップ要員として考えて行く見込みのようだ。

互いにプラスになる結果が生まれれば良いなぁ、ホント…。

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「グリーンだょ」「グリンだょ」。どっかで聞いたようなフレーズだが今年ファイターズに加わった新外国人の名前である。グリーンが「4」番を付けた内野手でグリンが「14」番を付けた投手なのだが、背番号も似たようでこれまた見事に紛らわしい。密かに両選手共に、昨季の助っ人以上の活躍を期待してたりする。

グリン好投、6回をパーフェクトそのグリンが昨日のドラゴンズとのオープン戦で先発し、伸びのある速球とキレのある変化球で6回を無安打無失点と完ぺきに封じる快投を演じた。昨シーズン イーグルスで先発の柱として7勝7敗、防御率3.96の成績を残した実績と経験もあり、本領発揮と言ったところか。

バージニアミリタリー大学を経てレンジャーズ、三星ライオンズ、ブルージェイズ、アスレチックス、ツインズ3Aロチェスターなどを渡り歩いた苦労人で環境の変化に対する順応性も高い選手だ。イーグルスを上回る約9200万円という条件で獲得しただけに、ある程度活躍してくれないと困ってしまうのである。

ヒルマン監督も「本人も自信を深めることができた勝利だ」と太鼓判を押し、開幕の第2戦(対マリーンズ戦、千葉マリンスタジアム)で先発する事が有力視されている。ダルビッシュ、八木、金村、そしてグリンでそれぞれ2ケタ勝利を上げてくれると随分大きなベースができ楽になるなぁ、ってそー旨くはいかないか。

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オレステス・デストラーデ
(Orestes Destrade Cucuas)


「最近、黒板の文字が見にくい」と娘が言うので、メガネ店に行き視力を測ったところ両目共0.15である事が判明、その場でメガネを購入した。そこに時代錯誤も甚だしい馬鹿でかいメガネをかけている店員を見て思い出したのが今日紹介する選手である。不祥事もなく滅法強かったなぁ、この頃のライオンズは。

デストラーデ1962年、キューバ生まれ。8歳で米国に移住、フロリダ大を経てヤンキースとパイレーツでプレーするも3Aなどの出場が多く、メジャーリーグ経験は僅か45試合、打率.182、1本塁打と伸び悩む選手だったが、ライオンズからのオファーで1989年に26歳という若さで来日した。

真剣に日本野球に取組みデビュー戦でいきなり特大アーチを描くと、その後も左右両打席から本塁打を量産、規定打席不足ながら32本塁打を記録。翌1990年も序盤から打ちまくり42本塁打106打点で二冠王を獲得しリーグ優勝に貢献する。日本シリーズでも流れを引き寄せる活躍を見せMVPに輝いた。

秋山・清原と共に中軸を担い、1991年も39本塁打92打点で2年連続の二冠王、1992年には41本塁打をマークし、助っ人としては初めてとなる3年連続本塁打王に輝く。1992年オフ、マーリンズからの参加要請を受けて退団、1993年は20本塁打を放つも翌年、解雇されライオンズに復帰するが、精彩を欠き途中退団した。現在はフロリダで実業家として成功している。

【 通算成績 】(実働5年) 517試合出場、476安打、160本塁打、389打点、打率.262、本塁打王3回、打点王2回

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「西武はプロ野球の球団を運営する資格がないっ!」と鼻の穴を膨らませ怒りを露にしていた早大応武監督にも衝撃が走ったに違いない。専大北上高の校長がライオンズから裏金を受給していた清水選手が卒業生であることを明かした上で、本人も認識のうえで在籍中より金銭の授受をしていたと発表した。

ON、244日ぶりの再会これまで父親は「息子は全く事情を知らなかった」と説明してきたが、そんなはずがない。あれだけの大金を息子に断りもなく手にする方がある意味罪深く、それこそ父親失格である。高をくくって発した場当たり的な口実や嘘は、やはり直ぐにほころびを見せるものである。

昨日、ミスターと王さんが「王貞治展」に揃って顔を出し244日ぶりの再会を果たしたが、球界に吹荒れる騒然を意識してか「ルールを守ることが苦になった世の中だが、ルールを守ることがスポーツの良さ」とコメント。誰よりも球界に貢献してきたON。その心中は各球団幹部以上に穏やかではないはずだ。

意識がそこにあるせいか、TVや新聞を見る度に裏金問題絡みの情報ばかりが見事に目に入ってくる。今日とてセンバツの組み合わせ抽選会の話題など、全く違う事を書くつもりが気づけばまたまた球界の傷口を広げるような部分に触れてしまった。当分頭が占拠され、独り腕を組み唸る日々が続きそうである。

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「だから言っただろうが!」、そんな罵声が選手会から聞こえてきそうだ。WBCの盛り上がりをそのままにペナントレースに流れ込んだ昨年の今時期とは対照的な現状に、やるせないため息を吐いている選手や球団関係者も少なくないはずである。嫌悪感をあらわに背中を向けるファンさえ、いるやもしれない。

不正に舞う金既に昨年までのドラフト方式を継続する方向で合意しているが、今回の問題を受けて急遽13日に「代表者会議」を開き、希望入団枠の撤廃も含めた再検討を図る運びとなったようだ。今後、予てから完全ウエーバー制の導入を提唱してきた選手会や改革派の動きが注目される。

戦力均等を大前提に成績が振るわなかった下位のチームから指名が許され、そのまま独占交渉権を得られるその制度は、毎年優勝争いをする上位チームにとってはどうもデメリットに映るようで、ジャイアンツやタイガースはたまたドラゴンズあたりの資金力のある球団が特に消極的な異論を唱えているらしい。

スワローズの古田監督の言うように12人だけが希望枠を利用できるのは明らかに不平等、高校生は自己判断能力が欠けるという理由からそれを許されなかったのも変な話で、元々歪な制度だったと言わざるを得ない。ウエーバー制が無理でも最悪過去実施していた完全入札制度の復活は必要だろう。FAも含め抜本的な改革を避けては通れない時期にきている。

それにしても、金を受け取りながら「息子の人生が台なしだ」とほえた あの逆ギレ加減は何なんだろう…、理解に苦しむ。

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食べ盛りの子供を2人抱えているので我が家も「栄養費」という名の金が欲しい。もっともボクに渡しても球団には全くメリットはないのだが。いくら将来を嘱望される選手を囲い込みたいとは言え、2人の選手に1300万円近くを渡すとは随分太っ腹である。球界にはびこる悪しき習慣がまた露呈してしまった。

ライオンズ、不祥事に謝罪ベイスターズの入団を拒否した東京ガスの木村に対し月30万ずつ計270万を、名は伏せられているが早大の3年生野手には合計1025万7800円もの金を提供する歪んだスカウト活動をライオンズが行っていた事が発覚。木村は途中抗議したと言うが、どちらも同罪である。

2004年8月の一場の“裏金”問題以降、翌年6月にNPBが利益供与は一切行わないなどの「倫理行動宣言」を発表し、ライオンズも一緒に再発防止を誓ったはずだが、木村への支払いは止めるも その後に早大の野手に口止め料とも取れる「不適切な関係を解消する」との名目で500万円を支払ったと云う。

“ドラフト参加権剥奪”など、襟を正す意味で「厳罰」が下される可能性が極めて高く、この余波で有望選手がメジャーなどへ流出する事を危惧し希望枠を維持する方針を固めたNPBに対し、不正に繋がるとの理由で以前から撤廃を強く求めてきた労組選手会の態度を更に硬化させるのは必至な状況だ。

以前球団関係者であった人達からこぼれていた「氷山の一角」発言。過去に済んでいる行いとは言え、未だに「お主も悪よのぉ」的な黒い金が動いているように錯覚させる今回の不祥事は、「クリーン」なイメージづくりに勤しんでいた一部(?)の球界関係者ばかりでなく、ファンへの“裏切り行為”としても罪が重い。

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井本 隆 (いもと たかし)

名将、西本監督率いる当時のバファローズは強かった。今、改めて見れば個性の強い豪華な顔ぶれだ。その中で打者の内角をえぐるような鋭いシュートを武器とし、鈴木啓示を押し退け一時エースの座に君臨していた選手である。スポットライトを浴びた時間は短かったものの今でも記憶に色濃く残っている。

井本隆1950年(昭和25年)、高知県生れ。伊野商業高校卒業後、入社した鐘淵化学時代に速球投手として頭角を現し、1972年(昭和47年)の産業別大会では決勝まで進み、のちにタイガースに入団する五月女擁する日本石油に敗れるも見事準優勝を飾る活躍を見せ、高い評価を得る。

同年秋のドラフトで3位指名されバファローズに入団するが、1年目は僅か19試合の登板に止まり勝ち星に恵まれなかった。しかし、その後年々着実に力を付け2桁勝利を挙げるまでに成長、特に1979、1980年(昭和54、55年)のパ・リーグ連覇には、2年連続15勝を挙げエースとして優勝に大きく貢献した。

その後、タレント横山エミーとの不倫問題が週刊誌の紙面を賑わし、心機一転を賭け在京チームへの移籍を希望。1982年(昭和57年)オフに、鈴木・柳原両選手とのトレードで、スワローズに移籍したが、2年で7勝に終わると1984年(昭和59年)限りで現役を引退し、同年 横山エミーともスピード離婚した。

【 生涯通算成績 】(実働12年) 320試合登板、81勝75敗8S、防御率4.08

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職場に風邪による欠勤者3人、家でも娘と息子がリレーの選手のごとく見事にインフルエンザをバトンタッチし、周りの環境がすこぶる悪い。流行に敏感な方なので便乗してしまったのか、ここ数日体調が優れないが“病は気から”と言うので「オレ様は大丈夫なのだ」と自分に言い聞かせ、必死にごまかしている。

金子洋平、レギュラー獲得にまた一歩前進あげくに風邪程度であれば、自然治療が一番とばかりにここ数年来、薬を口にしていないので治るのが遅い。そんなボクにとっての特効薬の一つがやはりファイターズの勝利だ。ポッカレモン湯や生姜湯、はたまた卵酒にも劣らない効果を簡単に得る事ができるのである。

昨日よりも思いの他、気分が良いのはそのおかげだ。(って事はインフルじゃないなこりゃ) 金子洋平のオープン戦第2号となる2ラン本塁打を含む、2打数2安打4打点の活躍もあり12安打でバファローズを7-0と下した。キャンプ紅白戦から実戦に強く、日を追うごとに着実に進化しているのが誠に嬉しい。

金子が小笠原の穴を埋めてくれそうな期待を持たせれば、左の中継ぎ陣で岡島の代わりを担ってくれそうな戦力として早大から入団した山本が浮上してきた。起用される度に首脳陣の評価も右肩上がりだ。この2人には、昨季の八木に続きルーキーながらチームの勝利に大きく貢献する可能性を強く感じる。さて、宮本・糸数らを押し退け一本立ちなるか、楽しみである。

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日曜日、深夜24:10からTBSで放送されている「Jスポ」を毎週欠かさず見ている。日付のうえでは既に月曜日、起床時の事を考えると ちょいと憂鬱になるが、途中で止められずついつい最後まで見入ってしまう。その「Jスポ」で昨日(正確には今日)、メジャーに挑む桑田の姿が特集として取上げられていた。

桑田、初登板で1回をピシャリ家族と離れ単身アメリカへ。将来、後輩達に これから積む様々な経験を含めしっかり伝えて行きたいと目を輝かせる。20年前に一度強くメジャーに憧れていた時期があったらしく、この歳でそれが叶えられるかもしれない環境にいる事が不思議だと照れ笑いを浮かべていた。

「独特な雰囲気に緊張しそう」とコメントを残し、レッズ戦の2番手でオープン戦初のマウンドへ。3-2と逆転した直後の3回表からの登板で1番打者を遊ゴロに切って取るとその後2者連続三振に退けた。自身振り返り、ここまで助けてくれた家族や関係者に向け、感謝の気持ちを込めての力投だったようである。

この日の最速は138キロ。残念ながら全盛期の面影はないがコースを丹念につく丁寧なピッチングはメジャーではあまり見られないスタイル、これからも緩急自在に打者を手玉に取る姿を勝手にイメージしてしまう。パイレーツのキャンプに参加しているとは言え、マイナー契約の招待選手。夢の舞台に僅かながら一歩近づくも、これからが本番だ。「がんばれ!桑田っ」。

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大島 康徳 (おおしま やすのり)

前回の松本幸行に続きジャイアンツのV10を阻んだ時のドラゴンズのメンバーである。若かりし頃、ミスターの引退試合で花束を進呈した事でも知られており、闘争心剥き出しの姿とユーモラスなキャラクターが好きで、陰ながらずーっと応援していた選手の一人だ。WBCの打撃コーチの姿が記憶に新しい。

大島康徳1950年(昭和25年)、福岡県生まれ。中津工業高時代はエースで4番だったが、1968年(昭和43年)にドラゴンズの入団テストを受けると本多逸郎コーチに打者としての素質を見出され、同年ドラフト3位で入団。3年目に1軍初出場を果たし、翌年から外野の一角に定着する。

8年目の1976年(昭和51年)には代打での起用に無類の勝負強さを発揮しシーズン代打本塁打7本の日本記録を樹立し、翌年には一塁から三塁手へコンバートされ打率.333、27本塁打を記録。1979年(昭和54年)には30本超えの36本塁打、1983年(昭和58年)にも再び36本を放ち自身初の本塁打王に輝いた。

1987年(昭和62年)のオフ、星野監督のチーム改革によりファイターズへ移籍。主に一塁で主軸として活躍し、1990年(平成2年)に当時最年長記録だった39歳10ヶ月で2000本安打を達成する。1994年(平成6年)、44歳まで現役を続け引退。2000年より3年間ファイターズの監督に就き、現在はNHKの解説を務める傍らマスターズリーグ名古屋80D'sersに在籍している。

【 生涯通算成績 】(実働24年) 2638試合出場、2204安打、382本塁打、1234打点、打率.272、本塁打王1回

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アップしないと何だかスタートしないようで、ブログを始めて以来一度として怠った事はなかった月初め1日の更新。しかし、昨日は札幌ドームで今季初のファイターズ戦があり、あげく帰りに一杯引っ掛け赤ら顔&千鳥足で帰宅したもんだから、さすがにPCに向う状態にあらず、やむなく断念したのだった。

今季初のドーム観戦てな事で一日遅れの記事である。新庄、小笠原不在の影響による集客面が心配で恐る恐るドームに向ったが、平日にも関わらずスタンドには24,000人を超えるファンの群。公式戦さながらのボルテージにホッと胸をなでおろし、球団職員に代わり頭を垂れたい衝動に駆られた。

試合こそ0-3で敗れ決して褒められた内容ではなかったが、結果を度外視に堪能できた。先発のダルビッシュと2番手の八木が共にまずまずで、途中出場で2安打と気を吐いた糸井、長打力を見せつけたルーキーの金子洋平、リードワークが初々しい2年目の今成など、若手の存在感も随所に目立ったせいだ。

小笠原に対するブーイング混じりの声援、代走で出場した坪井に割れんばかりの拍手、ナマの観戦ならではのそんな独特な雰囲気が何とも良い。「今シーズンも時間の許す限りドームに足を運ぼう!」と星の光る寒空を仰ぎ心の中で拳を固めた。こうしてボクは今年も観戦貧乏への道に突入して行くのである。

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