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鈴木 貴久 (すずき たかひさ)

このシリーズも今回でちょうど50回目になる。節目でもあるし さて 誰を取り上げようとあれこれ考えたが、ボクにとって一番近い距離にいたプロ野球選手に触れる事にした。以前 何度も書いたが、歳が近く兄貴的存在だったボクの親戚と高校時代チームメイトで、後のいてまえ打線の中軸を担った人物である。

鈴木貴久1963年(昭和38年)、旭川市生まれ。旭川大高では、第62回夏の甲子園に出場、2年で4番を務め3回戦まで進出を果たす。(ちなみにこのチームで主将だったのがボクの親戚である) その後、電電北海道を経て1984年(昭和59年)ドラフト5位でバファローズに入団した。

確か契約金が3000万円、年俸は320万円だった。1年目こそ1軍に上がらずに終わるも、2年目から徐々にその実力を開花、63試合に出場し打率.236、本塁打9本を放ち存在感をアピールする。3年目の1987年(昭和62年)から4年連続で20本塁打以上を記録、猛牛打線の一角として大いに活躍し続けた。

1992、93年(平成4、5年)とケガや若手の台頭で出場機会が減るが翌年から復活。その後の4年間も規定打席に達する健在ぶりを見せつけ1997年(平成9年)4月8日、マリーンズとの開幕戦では大阪ドーム公式戦初アーチを描くが、2000年に僅か11試合の出場に止まるとその年限りでユニホームを脱いだ。

引退後はそのまま2軍の打撃コーチに就任、二人三脚で大西ら次世代の若手を育てる。しかし、その半ば2004年5月17日、急性気管支炎のため40歳の若さで急逝。ボク個人、あまりにもショックで暫し放心状態に陥った。他界しなければ熱血指導の名コーチになっていたに違いなく、未だ惜しまれてならない。

【 生涯通算成績 】(実働15年) 1501試合出場、1226安打、192本塁打、657打点、打率.257

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