プロ野球に関することを中心に勝手気ままに感想・意見・思い出話などを綴るサイトです。
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予てよりポスティングシステムでメジャー移籍を目指していたタイガース井川の交渉権を獲得したのはゴジラ松井も所属する名門ヤンキースだった。同じニューヨークに本拠地を置くメッツも1500万ドル(約17億円)で入札したようだが、それをも大きく上回る2600万ドル(約30億円)で落札したとされている。

井川、ヤンキースに決定入団すれば同チームでは伊良部、松井秀に次いで3人目の日本選手の誕生だ。以前からヤンキースが興味を示しているとの情報が飛び交っていたので順当な移籍先とは思うものの松坂を逃した反省が生んだ上積み金額とも言え、正直やや過大評価ような気がしてならない。

奇しくも再び縦ジマのユニホームに袖を通す事になったのは何か縁か。タイガースが現在使用しているビジター用ユニホームも元々ヤンキースを参考にデザインしたものなので“チームが変わったと思えないくらい”違和感を感じさせないだろう。今まで以上の歴史とメディアの注目度、やりがいのある環境だ。

伝統の一戦での松坂・井川の投げ合いも夢ではなく、また楽しみが増えた。一方でライオンズやタイガースへ示された大枚に色めき立ち、自軍で育て上げた主力選手を収入源と割り切り、積極的(?)に容認・放出する傾向に走ってしまわないか危惧してしまう。こりゃ、球界に微妙な影響を与えるかもしれない。

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ユニホームフェチ(野球だけですよ)のせいで、全体のデザインに連動し背番号も非常に気になる方だ。個々のシンボルとも言えるいわば選手の「顔」、チームの歴史を振り返るうえでも貴重な役割を担っておりその価値は大きい。ONの影響からか「1」「3」を中心に一桁の番号に対して未だ強い思い入れがある。

背番号ちょいと古臭い考えかもしれないが、「軽い番号はチームの生え抜きで前途を嘱望されるプレーヤーが背負うべきなのだぁ!」という考えを譲れない。助っ人あたりに付けさせた日にゃ贔屓のチームに限らず残念さのあまり編成の事情など理解しないまま独りうな垂れてしまう。

そこで、我がファイターズが誕生して以来代表して「1」「2」「3」を付けていた選手を見てみると ◆背番号「1」…大下(74年)、菅野(75~85年)、広瀬(86~98年)、阿久根(99~03年)、新庄(04~06年)  ◆背番号「2」…阪本(74~75年)、服部(76~78年)、高代(79~88年)、鈴木(89~96年)、小笠原(97~06年) 

◆背番号「3」…レイ(74年)、ジェスター(75年)、富田(76~80年)、山本(82~83年)、白井(84~95年)、落合(97~98年)、秦(99年)、田中〈賢介〉(00年~) となっており、正直あまり“神聖”な物として扱われていないように映る。昇格的番号移動は1度しかなく、空いているところで調整した的な感は否めない。

来季から新庄の後の「1」を稀哲が付けそうだが小笠原の「2」や「0」「4」「7」「9」、もしかして「5」までが空き番号になりそうだ。ボクの個人的意見を言えば「0」を稲田に、「2」を交渉の武器とし長野に、「4」を陽に、「7」を紺田に、「9」を鶴岡にあげて欲しい。メンツが変わる過渡期にあり、これもまた楽しみだ。

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山内 新一 (やまうち しんいち)

南海時代、山内和宏、山内孝徳と併せ3人でローテーションの一角を担っていたのが印象的である。球団も“山内トリオ”として売り出す為に和宏が背番号「18」、孝徳が「19」、そして新一が「20」を付け連番にさせていた。 恐らく最初で最後であろうこの「同姓珍3本柱」、記憶に残っている人も少なくないはずだ。

山内新一1947年(昭和22年)、島根県生まれ。邇摩高等学校から三菱重工三原へ進み、産業別大会の日石戦で1試合11奪三振を奪う快投が評価され1968年(昭和43年)ドラフト2位でジャイアンツに入団する。巨人時代は5年間で僅か14勝、ことに最後の1年は1勝も出来ず終わった。

翌年の1973年(昭和48年)、松原と共に富田との2対1の交換トレードで南海ホークスへ移籍したこの年、野村兼任監督の下いきなり20勝8敗をマーク。0勝から翌年20勝まで飛躍したケースは1956年(昭和31年)の三浦(大映)、1962年(昭和37年)の久保(近鉄)と2度あるが、山内はそれに続く記録を残した事になる。

その後も2年連続10勝し、1976年(昭和51年)には再び20勝13敗の活躍でローテーションの中心におさまる。1984年(昭和59年)、無償でタイガースへ移籍するも翌年5試合の登板に終えると現役を引退。引退後は、福山近郊のゴルフ場に勤め野球とは縁を絶った。連続試合先発311は未だ日本記録である。

【 生涯通算成績 】(実働17年) 431試合登板、143勝142敗、防御率3.74

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パンチョ伊東に憧れていた。と言っても歳を重ねるごとにフサフサになる変幻自在な髪型にではなく、あの独特の甲高い声によってドラフト会議の席上で“自分の名前を読み上げてもらう”事に対してである。「第1回希望選択選手…」、様々なドラマを刻み演出して来たあの明瞭な響きがホント懐かしい。

パンチョ伊東ボクに限らず一昔前野球少年だった方なら誰でも一度はイメージした事があるのではないだろうか。元々想像力が逞しく都合の良い世界をリアルに創り出す能力に長けているせいもあって高校に上がらない小学生の頃から記者会見に挑む姿を何度か夢に描いていたものだ。

全くあり得ない話だがボクなら もちろん12球団OKである。昨日の話と被るが野球をする人たちの頂点、ほんの一握りの選手しか踏めない夢の舞台だ。“大好きな野球を仕事にできる”という至ってシンプルな考えもあって、指名された感謝の気持ちはあれど行きたくないという発想は間違っても浮かんでこない。

昔に比べスタンドに閑古鳥が住みつくようなパ・リーグの姿はなく、ましてやFAがある。ジャイアンツへの一極集中の時代も崩壊し地域に根付いた温かいファンだっている。変なプライドは捨てそこで何ができるかを考えてみたらどうだ。2軍で燻り続けた日にゃ意中の球団もあったもんじゃないぞ。「なぁ、若人よ」。

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「もともと日本ハムは長野が一番嫌いだった。一切会わない」とはいやはや随分敬遠されたものだ。新庄が引退し今オフの最大の補強ポイントだった強打を持ち合わせた外野手で“将来の中心選手に”と願っての指名だったが予想以上に難航極まりない状勢となり、指名の挨拶さえできない事態となっている。

長野、入団拒否大学・社会人ドラフトでファイターズが4巡目で交渉権を得た長野(日大)の意思はやはり固かった。子供の時から原のファンでジャイアンツ入りを熱望、それ以外の球団ならホンダに進む意向を示していたが、その気持ちに揺るぎがないことを終始表情に表し続けていた。

長野の無念さを代弁した鈴木監督が「3巡目だったら解らなかった」と発言しているが、それが決心を覆す程の大きな要素なのだろうか。以前も書いたようにボクには意中の球団以外入団しないという姿勢も併せて未だ理解できない。プロという最高の舞台から声がかかっただけで名誉な事だと思うのだが…。

昨日、アジア大会日本代表合宿に顔を出した際も「現時点では変わらない」とホンダ行きを示唆しているようだが、事前交渉の不手際は否めないものの ファン心理として せめて4巡目至った説明やチームの思いだけでも聞く場を与えて欲しい。既にトヨタ自動車に内定している5巡目の山本(早大)もしかりだ。

相思相愛が実を結ぶのがもちろんベストだが、とは言え2年後の保証は何もない。少しでも冷静さを取り戻し将来、後悔する事のない判断を下すよう結論を急がずじっくり検討すべきだ。何よりそんな腰掛同然で行こうだなんてホンダに失礼である。

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「やっぱり…」。小笠原がジャイアンツ入団の意向を今日正式に表明した。答えは切なる願いとは逆の結果になったがFA宣言した半ばから正直どこかで諦めていたところがあったので、さほど大きな落胆ではなかった。チームが優勝したその達成感が移籍への気持ちを固めさせたとは何とも皮肉なものである。

小笠原、移籍表明口に出し、文字として残せば信じようとする最後の砦さえ壊してしまいそうで怖かった。途中何度か発せられたコメントなどに疑問を感じつつも敢えて疑う事を避け、明言しない記事をアップし続けたのもそのせいだ。我家にある選手個人のグッズは「2」が付く物ばかり、暫し寂しさを拭えそうにない。

4年契約と16億円以上となる条件で基本合意、出来高分などは今後話し合うようだ。「もう1度挑戦したいのと必要としてくれる方々に応えたいのがあった」と新天地に移る決意を語っり「まったくないと言えば嘘になる」と千葉に残す家族も要因である事を認めた。

ガッツはどこに行ってもガッツ。チームが変れど応援する気持ちに変わりはない。3割、30本、100打点近く、毎年コンスタントに残す戦力の穴はあまりにも大きいが凹んでばかりもいられない。一日も早く後継者が育つようファイターズに熱いエールを引き続き送り続けたい。穴を埋める若手の台頭に期待して。

【 追記 】:ジャイアンツ関係者及びファンの方々へ。過去FAで成功せず追われた選手たちの二の舞はごめんなので、いかなる結果であろうとも温かく見守ることを約束してください。

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高校生の場合は各紙共、開催の随分前からあれこれ大きく書き綴るのに大学生・社会人対象のドラフトとなると至って扱いがジミになるのはなぜだろう。『運命』という演出効果に欠けるうえ“甲子園”というバックボーンがその差をつくるのかもしれないが、即戦力と考えればこちらの方だって大注目なのである。

宮本賢今日開かれた大・社ドラフト会議、10球団が希望枠を採用、ライオンズが岸(東北学院大・投手)、ホークスが大隣(近大・投手)らと合意。マリーンズは高校生ドラフトで2巡目指名したため同枠を回避し、イーグルスだけが1巡目で本格派右腕 永井(東洋大・投手)を指名した。

ファイターズは希望枠で宮本(早大・投手)、3巡目に糸数(亜大・投手)、4巡目に長野(日大・外野手)を予定通り指名、5巡目に山本(早大・投手)、6巡目に金子(ホンダ・外野手)、7巡目に今波(明大・内野手)、8巡目に内山(旭川大・投手)の交渉権を獲得、先の高校生3選手と併せ計10名の補強となった。

日本一を飾りウエーバー順が12球団で最後。有力選手が途中で消えて行き難しいドラフトになると覚悟していたものの想定内の結果に終わり、まずまずといった印象だ。チームの方針通り最多の新戦力獲得に踏み切ったが、各選手が将来の礎になるよう1年目からバリバリ活躍してくれる事を期待したい。

それができる土壌が用意されているやり甲斐あるチームなので、ぜひ迷わず来てちょーだい。「楽しみに待ってますっせ」。  
【 指名選手一覧はこちらから 】

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長澤まさみ主演のドラマとして復活した「セーラー服と機関銃」を何度か観ている内に妙に懐かしくなり、先日カビ臭い昔の本の山から当時角川書店で発行し結構人気を博していた月刊誌『バラエティ』を強引に引っ張り出した。奇しくもこれもファイターズが前回リーグ優勝を飾った25年前の熟成した代物である。

バラエティ今でこそ母親役がすっかり板についているひろ子ちゃんだが、その昔はえらい人気者だった。「エヘッ、カ・イ・カ・ン」なーんてちっとも似てないモノマネをしながら 読み耽っていると“ドラフト会議の特集記事”を発見、この号を購入したもう一つの目的を鮮明に思い出した。

ドラフト特集既に開催されたこの年の会議を総括しつつ、過去の活躍した選手の横顔や球団別入団確率などに触れており、なかなか興味深い内容だ。まだ先に思っていた大学生・社会人を対象としたそのドラフト会議も気がつけばいよいよ明日に迫り、否応なくテンションも上がってきた。

ファイターズは希望枠で宮本(早大・投手)が確定。3巡目には長野(日大・外野手)を指名したい意向で糸数(亜大・投手)あたりも上位候補だ。他に青木(日産自動車・投手)、円谷(青学大・内野手)、長谷川(専大・外野手)、道内関係で西崎(JR北海道・投手)、内山(旭川大・投手)などを最終リストに残している。

次の時代を担う即戦力がどれだけ獲得できるのか、高校生ドラフトとは違いドラマチック性に欠けるものの明日の結果が楽しみだ。重ねた会議の成果が出る事を今は祈るばかりである。

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「よりによって何でその日なのだぁ」、「しょーがないじゃない、じゃ お願いね」、「おっオイ……」。てな会話をかみさんと交わしたのがほぼ1ヶ月程前。本来ならこの土日、“ファイターズどっぷりDay”にする予定だったけど、昨日の優勝パレードと今日のファン感謝デーに結局足を運べずに終え涙を呑んだのだった。

恒例グッズ購入感謝デーこそ過去に2度行っているし「また来年があるから良いのさ」と無理に諦めもつくが優勝パレードはそーもいかん。録画した映像を見るに凄い人出で「どーせ見れたもんじゃないぞ」といった状況だけど、その場にいる事に意味があるのであって やはり残念でならない。

札幌駅前からススキノまでの駅前通、約1.3キロを約40分かけての行進。沿道は鈴なりとなりあちらこちらで舞う紙吹雪と拍手、そして声援。この先再び25年も44年も待たされると今度は杖の力を借りなきゃ参加できなくなる恐れもあるので、ぜひ来年にも実施するくらいの勢いで頑張って欲しいものである。

両イベントに出られなかった悔しさの中、予てより予約していたカレンダー、オフィシャルブック、DVDをゲット。それぞれこれからじっくりチェックしようと思っているが、チラッと見たカレンダーの4月の部分に小笠原を発見。来年、清々しい気持ちで開けるものと信じたい。じゃないとこの1ヶ月間の掲出は辛いぞぉ。

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ボブ・ホーナー
(James Robert "Bob" Horner)


出張先、東京のホテルで見た“松坂のレッドソックス60億落札”には、さすがに驚いてしまった。3日ぶりに「さぁて何を書こうかなぁ」と考えていたところ実に5月に触れて以来ずーっと遠ざかっているカデゴリーをふと思い出した。何かとメジャーの話題も盛んという事で久しぶりにそれを取り上げてみようと思う。

ボブ・ホーナー1957年生まれ、大学時代からドラフトの超目玉としてメジャーから注目され1978年、全米1位指名でアトランタ・ブレーブスに入団。マイナー経験なくしていきなりメジャーデビューし23本のアーチを描き新人王を獲得、その後も4番打者として9年間で215本の本塁打を記録する。

1986年、FA宣言したが、年俸の高騰から各球団のオーナーが示し合わせ、FA選手を締め出したためどの球団とも契約できない状態に陥り1年を棒に振ろうとしていた矢先にスワローズから高待遇で誘いを受け1987年に入団。来日直後の4試合で6本塁打を放ちファンを震撼させる鮮烈のデビューを果す。

打率.327、31本塁打、73打点を記録するも日本プロ野球を馬鹿にし、提示する3年契約を跳ね1年でメジャー、セントルイス・カージナルスに移籍。しかし左肩の故障でこの年限りで引退する。退団後は会社経営に失敗し倒産。多額の借金を抱え込むが、FA選手締め出しの賠償金が分配され救われたと云う。

【 通算成績 】(実働1年) 93試合出場、99安打、31本塁打、73打点、打率.327

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プロ野球の全日程が終了するや否や今度は小笠原の争奪戦の開幕だ。連日関連記事が踊りその度にボクの気持ちも浮き沈みを繰り返し せわしない。ストレスの蓄積は間違いなく高く、これでファイターズに残留が決まった日にゃマスコミ関係各社へ精神的苦痛に伴う慰謝料の請求をしたいくらいである。

小笠原、巨人と初交渉もっとも残留がベストなのでその暁には、寛大さで「なーに、それが君たちの仕事だろ 気にしなくても良いさ」とニヒル丸出しの感じで結局許してしまうだろう。絶望的と書かれようが一貫して信じ続けているが、日に日に不安を押さえ込む事が難しくなってきているのもまた事実だ。

そんな中、小笠原がついに本命視とされるジャイアンツと初交渉、具体的な話し合いの内容は知る由もないが、結果態度を保留するに止まった。清武球団代表が「彼の活躍が巨人を支え、“巨人を元気にすることが球界を救うことになる”」と発言したが、これを聞き尚更移籍して欲しくない気持ちが膨らんだ。

やはり悲しいくらい勘違いしたおごりを未だ持ち続けている。なんだその発想は? 球界を救うのは他でもなく全国に広がる“ファン”であり、決して巨人ではない。ヒゲを容認しようが旧態依然たる思考が残る球団にガッツは似合わない。別に奪われそうな危機感から難癖を付けている訳ではなく本当にそう思う。

【 追記 】:ガッツ、MVPおめでとう。来季も札幌で狙っておくれ。

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最後まで攻めきれなかったものの鶴岡の適時打で均衡を破り、投げてはダルビッシュ―武田久―マイケル中村の完封リレーでLA NEWベアーズ(台湾)に1-0と辛勝。1次リーグを含めて無キズの4連勝でセギノール不在もなんのその、純和製打線のファイターズがアジアシリーズ制覇を見事に成し遂げた。

アジア制覇、MVPはダルビッシュ

正直、日本シリーズで燃え尽きた感があり今一つ気持ちが入らず熱心な応援ができない大会だったけど勝てばやはり格別なもの、ホント気分が良いったらありゃしない。25年ぶりのレギュラーシーズン優勝、44年ぶりの日本一に続き3つ目の栄冠を獲得。出来すぎの結果に言葉はなく、ただただ満足である。

札幌市内は初雪となり「みぞれ」が痛いほど頬を叩きつけ、本格的な冬の到来を知らせた。生まれも育ちも北国札幌のくせに寒いのが大の苦手でウィンタースポーツにも全く興味がないため自他共に認める極度の冬嫌いだ。特に野球が観られなくなるのがその最たる要因であり、これが何よりも耐え難い。

今日で日本が初代王者に輝いたWBCから始まった今季のプロ野球の全日程が終了した。野球というスポーツとファイターズのファンであるボクにとっては長く充実した忘れられない1年になった。一日も早く深い雪の中での冬眠状態から目覚め、球春を迎えたいと終わったその日から深く切望するボクである。

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今日もファイターズがチャイナスターズ(中国)に6-1と勝利し3連勝を飾った。にも関わらず気のせいか一向にアジアシリーズの盛り上がりを感じる事ができない。ただでさえジミな扱いの大会なのに例年にも増して取り沙汰されている日本人選手の“メジャーの話題”に幾分押し潰されているようにも思える。

メジャーに挑む

「メジャー」。言わずと知れたベースボールの最高峰、多国籍のトッププレーヤーが集う夢の舞台である。ボクの子供の頃の行き着く頂点はプロ野球であり、盟主ジャイアンツだった。とおーい異国でごっつい選手たちが特大のホームランをバカスカ打ちまくっているというイメージをずーっと持っていたものである。

球団数増加に伴い全体の選手層薄くなった事や日本人プレーヤーのレベルが上がった事などが現状の姿を生み出した要因の一つに挙げられだろう。メジャーは遠からず国内で通用する力があれば今や充分活躍できる世界になった。“流出”という言葉は好きではないが、今後益々増えるのは想像に容易い。

レッドソックスから高額応札があったとされる松坂や10球団を超える入札も期待できる井川、パドレスなどから応札があったという岩村、インディアンスが獲得に乗り出しそうな桑田、好条件でオファーがあったという門倉など、以前も書いたように推進派のボクには嬉しい知らせの連続だ。悔いの残らぬよう頑張り、将来はその経験を日本球界に還元してちょーだい。

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昨年に続き2回目を数える「KONAMI CUP アジアシリーズ2006」が東京ドームで開幕した。体調不良を理由に25人もの辞退者を出し72年ぶりに全敗という形で幕を降ろした日米野球のせいで幾分テンションも下がり気味だったが、ファイターズの登場ですっかりそんな気分も回復。見事にTVに釘付けである。

アジアシリーズ連勝

初戦から決勝での再戦が予想される2年連続出場のサムスンライオンズ(韓国)と対戦。「WBCの屈辱を晴らしてくれるわ!」とシリーズ前から見せていた鼻息荒い闘志剥き出しの姿勢に一時はちょいと杞憂したが、打線も繋がり全く危なげなく7-1と快勝。“日本一のチーム”に恥じない良いスタートを切った。

そして今日のLA NEWベアーズ(台湾)戦、7回まで無得点で1点のリードを許すも8回に小笠原の犠飛などで逆転し辛くも2-1と勝利を飾り同リーグ1位で12日の決勝進出を決めた。思いの他苦戦を強いられたが不思議と終始負ける気がせずのんびりと観戦、ストレスを感じない試合は誠によろしいなぁ。ハハハッ。

今月18日(土)に札幌で行われる優勝パレードにアジア制覇の勲章もぶらさげる事を期待している。2戦を見る限りシーズン中のような勢いはないものの粘り強い“勝ち癖”は健在だ。投打共にファイターズが頭一つ出ているようで頼もしく映るが、慎重かつ丁寧な試合運びできっちりまた新たな栄冠を獲得だぁ。

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若返りを急務とし仁志を放出しておきながら、若手の鴨志田・長田を交換要員に谷を獲るなんざ相変わらずジャイアンツらしい。谷は素晴らしい選手だし確かに戦力になるだろうが、せっかく出始めた矢野や亀井、鈴木などがまた中途半端な扱いにならなきゃ良いが…、とまたまた余計な心配をしてしまった。

堂上、仮契約そんな何ともすっきりしない気持ちを一気に吹き飛ばしてくれたのが、昨年の平田に続き、潜在能力豊かで将来の大砲として期待も高まる堂上が球団史上最高額タイとなる契約金1億円+出来高払い5000万円、年俸1000万円でドラゴンズと仮契約したというニュースである。

今更言うまでもなく父親は現役時代320試合に登板し35勝49敗7Sの成績を残したドラゴンズの投手で現在同チームの寮『昇竜館』の館長を務める照氏。兄は愛工大名電高で通算46本塁打を記録し甲子園に3度出場した左打ちの内野手、剛裕だ。“親子3人”で同じチームだもんなぁ、いや~っ凄い。

3年前、ナゴヤドームで行われたファン感謝デーで「リトルシニア東海選抜」の4番打者として出場、投手を務めた福留から左翼席へ本塁打を放ちインタビューで「いつかはここでプレーしたい」と語ったのは有名な話。実力もさることながらその夢を現実のものにした強運も何かを感じさせる楽しみな選手だ。

兄弟揃ってスターティングラインナップに名を連ねた試合で、我が子の成長に目を細めスタンドから見守る父親、なーんていうシチュエーションを思い浮かべるだけで涙腺崩壊の危機に陥る。そんな日を早く迎えられるようホント頑張って欲しい。

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FAの目玉だった一人、黒田が残留を決めた事で今後益々小笠原の動向に注目が集まるのは火を見るように明らかだ。その渦中の小笠原が今日記者会見を開き、残留する気持ちもあるとした上でFA権を行使する事を改めて表明、名乗りを上げる全ての球団と積極的に交渉に応じて行くと胸の内を語った。

予想ポジション

白旗を揚げ諦めた訳ではないが、仮に移籍してしまい特に目立った補強をしなかった場合、一部個人的な思い入れが反映されているものの現有戦力で成し得るベストメンバーを考えると上図のようになるだろう。華がある選手が欠けたせいでちょいとジミな感じは拭えないが、なになに充分戦える顔ぶれだ。

前向きに考えれば、新しいファイターズを築き上げて行くには良い機会かもしれない。高田GM曰く、FA選手の獲得へは乗り出さず戦力の底上げとトレードによる補強に絞り込む方針のようでそれには賛成だ。苦し紛れに助っ人に頼る事も考えられるが、将来を見据え、とくかく選手の育成に努めるべきである。

「新庄と小笠原が抜けたら興味ない」的な事を平気で綴る自称ファンをたまに見受けるが、どーぞご勝手に。時代の流れと共にチームは変わるもの、それを含めて応援しなければ嘘である。ファイターズの前に野球というスポーツが大好きなので地元に球団がある以上目を背けるなどボクにはできない。

強がりに聞こえるかもしれないが、“際立ったスタープレーヤーはいないが、なぜか強い”そんなチームも悪くないと思う。もちろん、小笠原を失わずにそこまで進めたら申し分ないのだが。

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「う~む、やっぱなぁ…」。明日、改めて会見を開くようだが、FA権を取得していた小笠原が権利を行使する旨を正式に表明してしまった。覚悟はしていたものの、いざ実行されるとテンションが下がる。争奪戦にはジャイアンツとドラゴンズの参戦が間違いないようで金銭的な“駆け引き”も避けられない状況だ。

黒田、残留会見チームは既に3年15億の条件提示を済ませており、それ以上のマネーゲームには乗らない方針を打ち出している。待遇面だけを判断基準にした場合、劣勢は明らか。単身赴任を理由の一つに出されると心中察するものがあり、更に無理な引き留めも躊躇われてしまう。

そんなやきもきした気持ちで時間を過ごしているせいか、カープの黒田がFA権を行使せずチームに残留するというニュースを目にした時、不思議とホッと胸を撫で下ろす気分になった。来季以降のメジャー挑戦を容認する内容を盛り込んだ上で、球団史上最高額となる4年総額12億円で契約を更改したようだ。

過去の金本、江藤、川口らの例と異なるフロントの誠心誠意を込めた慰留が実を結んだと言ったところか。残留を願った署名や嘆願書、応援ボードを掲げ広島市民球場を真っ赤に染めたファンの気持ちが届いたようで何だか嬉しい。チームへの愛着を理由に挙げたその言葉にはちょいと心を打たれてしまった。

カープを愛する人にとっては、なによりの結果だ。ハンカチの角を歯で噛み締め奇声を発するくらいに羨ましい限りである。

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今年の夏の甲子園、特大アーチを描いた次戦で早実 斎藤の前に完膚なきまでに抑え込まれた大阪桐蔭・中田がその後も確実な進化・成長を遂げているようだ。多少荒削りながら遠くに飛ばす技術は相変わらずで、マスコミ各誌に早くも来年のドラフトの目玉として取り上げられる過熱ぶりが続いている。

中田、2発先の秋季高校野球近畿大会準決勝・市川戦では左翼場外へ消える推定飛距離160メートル特大の一発を放ち、更に次の打席で詰まりながらも左翼席に打球を運び、打たれた市川の2投手に「本当に凄い」と既に同じレベルではない事を認めさせるような活躍を見せつけた。

残念ながら今日行われた決勝戦では報徳学園の前に1-5で屈したが、この試合でも7回にチーム唯一の得点となる本塁打をきっちり記録し今年1年で実に51本目、高校通算本塁打数を68本まで伸ばす孤軍奮闘ぶりを披露、プロの熱視線をまた集める結果になった。そこでちょいと気になり過去を調べて見ると、

高校時代の通算本塁打記録の最多保持者はあまり知られていないが、大島裕行〈埼玉栄-現ライオンズ〉の86本(内甲子園1本)。他に何人か抜粋すると、鈴木健〈浦和学院-現スワローズ〉83本(同1本) 、森章剛〈藤蔭-元ファイターズ〉75本、2年先輩の平田良介〈現ドラゴンズ〉70本(同5本)、清原和博〈PL学園-現バファローズ〉64本(同13本)などが挙げられる。

必ずしも本数が多ければプロの世界で大成するというものではなさそうだが、実力を測る上で楽しみな材料の一つだ。敗れたものの来春センバツへの出場は確実、再び全国の舞台に姿を見せる。競合必至の逸材、いつの時代も期待を膨らませてくれる華のある選手にはワクワクさせられる。いやはや、楽しみだ。

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山下 大輔 (やました だいすけ)

奇しくも2日続けての“大輔ネタ”である。本当はイーグルスとVIP待遇で仮契約を結んだ駒苫の田中に関する記事を書こうと思っていたのだが、横に立つ人物の方に目を奪われてしまい急遽内容を変更した。貫禄を得たその変りっぷりは改めて見事の一言、現役時代の華麗なプレーと甘いマスクが懐かしい。

山下大輔1952年(昭和27年)静岡県生まれ。清水東高から慶応大に進み1年から活躍し「慶応のプリンス」と呼ばれ、1974年(昭和49年)ドラフト1位でホエールズに入団する。1年目は打率.181に終わるも2年目に背番号を「20」から「1」に変更し飛躍、遊撃の定位置を奪った。

山下編成部長元々慶応時代は首位打者に輝く程、打撃を売り物にしていたが当時所属していた助っ人ボイヤーの教えで守備の名手として成長。1976年(昭和51年)には初のゴールデングラブ賞を獲得し、翌年から2年がかりで322守備機会連続無失策という当時の日本記録を樹立した。

1981年(昭和56年)にはベストナインに選出され、1985年(昭和60年)にはセカンドへコンバートされたが、軽快な守備は変わる事がなかった。1987年(昭和62年)限りで現役を引退。1998年にはベイスターズのヘッドコーチとして38年ぶりの優勝に導き、2003年から2年間は監督も務めた。2005年にはイーグルスのヘッドコーチに、現在は同チームの編成部長に就いている。

【 生涯通算成績 】(実働14年) 1609試合出場、1378安打、129本塁打、455打点、打率.262

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日本人プレーヤーのメジャー流出を反対する意見が未だ多い。観客動員並びに視聴率の低下、球界全体のレベルダウンや戦力の空洞化などを危惧するのが大方の理由だが、そんな中 数年前から取り沙汰されていた松坂のメジャー移籍がポスティングシステムを利用するカタチでついに実現される事になった。

松坂、晴々会見ファンにとっては悲喜こもごもか、ボクは期待感で胸が膨らむばかりだ。過去メジャーとして活躍した日本人投手に比べても紛れもなくNo.1の実力、油の乗った年齢でのチャレンジとあって否応なく期待も高まってしまう。故障さえなければ間違いなく結果を残してくれるだろう。

「メジャー挑戦推進委員会」という会があれば多少不安はあれど、逸早くメンバー加わるくらいの肯定派だ。自分の力をより高いレベルの環境で試したいという意志は尊重してあげたいし、思い続けてきた夢ならば尚応援に値する。もちろんルールに則ったうえでの事、身の丈を無視した我儘はちと簡便である。

争奪戦は入札に最低20億円以上、契約に80億円以上、獲得総額が100億円以上になると、こぞって報道されている。マリナーズのように大枚が負担になり敬遠する球団が増えない事を願って止まない。「10歳の頃から、ずっと米国でやりたかった」という長年の思いが叶う日も近い。良い顔してたなぁ、松坂。

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秋山 幸二 (あきやま こうじ)

ヒルマンの動向で何かと落ち着かないファイターズ。対照的に王監督の続投が決まった中、既に将来を見据え組閣を固めたホークス。次なる指揮官を継承すべくヘッドコーチに昇格した人物である。抜群の運動神経でファンを魅了し続けた現役時代。清原と共に西武黄金期の打線を支えた姿は記憶に新しい。

秋山幸二1962(昭和37)年、熊本県生まれ。八代高時代は投手として甲子園予選の決勝まで進む活躍を見せる。その類いまれない野球センスが目に留まりジャイアンツとの争奪戦となったが、当時の根本監督の熱心な説得により1981年(昭和56年)ライオンズにドラフト外で入団する。

入団後すぐに非凡な打撃を活かすため三塁手に転向。 その後数年単身野球留学でアメリカに渡り1Aで経験を積み帰国し5年目にはレギュラーに定着しいきなり40本の本塁打を放つ。サードからセンターへコンバートされた1987年(昭和62年)にも3年連続となる40本以上の記録をマークし、初の本塁打王に輝いた。

ライオンズでは8回のリーグ優勝、6回の日本一に大きく貢献。1993年(平成5年)ホークスに移籍すると ここでも1999年・2000年のリーグ優勝にも貢献する。2002年(平成14年) 現役を引退。西武・福岡両ドームで引退試合が行われる。退団後は解説者を経て、昨年からホークスの2軍監督を務めていた。

【 生涯通算成績 】(実働20年) 2189試合出場、2157安打、437本塁打、1313打点、打率.269、本塁打王1回、盗塁王1回、最多勝利打点2回

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