プロ野球に関することを中心に勝手気ままに感想・意見・思い出話などを綴るサイトです。
オフィシャルサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
「いや~っ、厳しいですねぇ ホント困っちゃいますよぉ」。仕事柄、放送局の営業マンやスタッフと話しをする機会があるけど、決まって話題はそこに行く。日本テレビ系列であるがために業績に少なからず悪影響を及ぼす事があっての本音だ。「視聴率20%かぁ」と過去を思い浮かべては皆で懐かしんでいる。

人気低迷が深刻なジャイアンツ悪い事に球団史上初の4年連続V逸に2年連続Bクラスというツケがまた来季に飛び火しそうで、頼みの日本テレビが中継数を縮小する方向で検討している。平均視聴率が9.6%の2ケタ割れでは消極的になるのも当然だ。ついに“足を引っ張る番組”にまで成り下がってしまった。

露出が減ればそれに比例して更に人気も下降線を辿ってしまうだろう。正に悪循環だ。沈む要因は色々あれど「勝てない」ところにあるのは明らかだが、それ以上に“勝てばファンが戻る”と思い込んでいるズレた思考を改めない点が一番大きい。今オフもまた多くのファンを失うのは必至な動きを取ろうとしている。

地域密着の地方球団は元気だ。余程の努力なくして人気回復は難しい。再三同じ事を繰り返すようだが盟主のおごりを捨て、一からの出直しをお勧めする。金で解決する場当たり的な戦力補強に頼らずに生え抜き選手による再建が今こそ必要だ。ボクの周りにいる呆れ顔のG党もそれならきっと納得するだろう。ファンなら4、5年待つくらい、ちっとも厭わないはずだ。

念のため断っておくとボクは決して「アンチ巨人」ではない。球界全体の繁栄はジャイアンツの復活抜きでは考えられないと思っている。野球好きになる扉を開いてくれた球団でもあるし。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
スポンサーサイト
1番ショート陽、2番ライト工藤、3番センター糸井、4番レフト鵜久森、5番ファースト佐藤、6番サード尾崎、7番DH渡部、8番キャッチャー今成、9番セカンド高口。今季ファイターズが起用した殆どが1軍経験のない2軍の主だった先発メンバーである。

紺田敏正残念ながら成績は36勝57敗3分で首位マリーンズに17ゲーム差をつけられての最下位に甘んじたが、そこには将来を見据え勝敗を度外視したファームの育成改革が存在している。限られた試合をいかに有効に使うか、内容を重視するも結果は全く意に介していない表れだ。

先に記したメンバーや成績を見れば明らかだが、その手始めに一軍経験のある中堅やベテランの調整の場となり、伸びしろのある若手が試合経験さえ積むことのできなかった従来の2軍環境を改善した。その成果は賢介、稲田、鶴岡などのような若手が少しずつ台頭し始めて来ている様で理解する事ができる。

このまま信念を変えることなく強いチームづくりを推し進めて欲しい。この方向性はボクにとっては望むべき姿であり、期待こそあれ不安はない。「新庄の抜けた穴には紺田が適任だ」、その場凌ぎの補強に奔走せず、そんなボクやファンが抱く理想も叶えてくれそうなビジョンが何よりも嬉しいし今後も楽しみだ。

【 追記 】:とは言え坪井の戦力外にはビックリ。マシーアスも解雇らしいしこれで背番号も 0、1、4、7、9、14、15、18、20など軽く良い番号が空きまくり、かつてない空洞化現象だなぁ。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
森安 敏明 (もりあき としあき)

ファイターズの前身、東映フライヤーズは「駒沢の暴れん坊」と呼ばれ当時の西鉄ライオンズに負けないくらいの野武士たちが集まる個性的なチームだった。その中に江夏らも史上最速と認めた伝説の豪速球投手がいた。ストーブリーグネタに右往左往するのは小休止して、今日はその選手に触れてみる。

森安敏明1947年(昭和22年)、岡山県生まれ。関西高校時代は平松(のちにホエールズ)、松岡(のちにスワローズ)と共にともに岡山三羽ガラスと呼ばれプロからも注目を集める。1965年(昭和40年)、この年から始まった第1回目のドラフト会議でフライヤーズから1位指名され入団した。

初登板で初完封を飾ると、1年目から44試合に登板し11勝11敗の成績を残す。2年目から4年目にかけても毎年2桁勝利を挙げチームの勝利に貢献した。スリークォーターから投じられた球は当時のバッターの度肝を抜くほどに速かったらしく対峙した一人、山崎(ロッテ→西武)は次のように語っている。

「尾崎や山口がいくら速いと言っても、バットを短く持ってコンパクトに振れば当てることができたが、森安だけはどうすることもできなかった」と。対戦経験のある多くの打者が似たようなコメントを残しており真の最速男であった事を今に伝えている。

1970年(昭和45年)7月、本人は無実を主張するも黒い霧事件により永久追放となり僅か5年でプロの世界から去る事を余儀なくされる。1998年(平成10年)に死去、50歳という若さだった。

【 生涯通算成績 】(実働5年) 242試合登板、58勝69敗、防御率3.48

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
雪虫が飛び、朝・晩の札幌は寒い。そろそろストーブを点ける家が増えてきているようで我家も掃除を済ませスタンバイOKの状態にある。元々ストーブが必要な時期に選手や監督、チームの話題についてまとめた記事を指して“ストーブリーグ”と言い始めたようだが、今年はいつもより火が点るのがちと早い。

新庄の引退記者会見話題の中心にファイターズの顔ぶれが揃っているせいで尚そう感じるのだろう。ヒルマンの後任人事は白井ヘッドの昇格も視野に選定を急ぐと書かれ、小笠原獲得に向けジャイアンツが20億円近くを用意しているという相変わらずの懲りない記事もあり、首を傾げ苦笑する。

ファンにとってはあまり良い話がない中、新庄の引退会見で心温まるエピソードを聞き救われるような気分になった。試合も土壇場、劣勢の状況であるにも関わらず最終打席に立つ新庄に「泣くな、まっすぐで行くぞ!」とキャッチャーの谷繁が声をかけたという。ええ奴だなぁ、何よりのはなむけの言葉である。

夜、運転中のラジオからその話を新庄の声で聞いたのだが、一瞬視界が歪み冷汗をかいた。歳を重ねるごとに涙腺が確実に脆くなってきており、また目に熱いものが。試合の終了時、ドラゴンズナインからも労いの表情や言葉が贈られたとも言うし「野球は素晴らしい!」と握り拳を固め改めて強く実感した。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
例年 リーグ優勝と日本シリーズ制覇のスポーツ新聞を“思い出の一品”として購入してはストックしている。ここ15年ほど続けている恒例な行動だ。今回は特にファイターズが日本一に輝いたという事で「ここにある新聞、全部売ってくれ!」と言わんばかりに朝もはよからコンビニで全紙をくまなく買いあさった。

残ってくれ、ガッツいくらネットで情報を得られる世の中と言えど、やっぱり記録には「紙」である。どれもこれも昨夜の感動を伝える賑やかな記事ばかりで嬉しいったらありゃしないのだが、その横に決まって水を差すような記事が掲載されている。薄々感じていたが認めたくない重たい内容が。

『激動のオフに突入!』って。ヒルマンが今季限りで退団し憧れのレンジャーズの監督に就任、小笠原はFA権を行使して新天地へ移籍することが共に確実だと云う。更に岡島も同じくFAでメジャーも視野に移籍を希望、新庄の引退と併せて全てが事実となれば残念を通り越してこれは由々しき問題だ。

ガッツに関しては、球団が高額年棒による複数年契約に消極的であることが要因に上げられ、単身赴任が続き今後は自宅のある関東圏を中心に活躍の場を求めているなどという活字も躍っている。またヒルマンは本人の希望を最優先する意向らしく、レ軍の道を選択した場合は引き留めを断念するようだ。

プロの世界では評価を得られるところに身を置く事が当り前。「金に目が眩んで」と揶揄する意見もあるがそれはちと違う。頭を抱えたくなるくらいショックな結果になってもボクは当人を非難するつもりはない。ただ、ここまで書かれても尚2人が残留すると信じて疑わずお上際の悪い自分もいる。アジアリーグへの思いはどこへやら落ち着かない日々が当分続きそうである。

「ガッツ、ジャイアンツは髭を生やしてプレーできねぇぞー!」。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
「まだ先がある」。リーグ優勝の決定時には、チラッと覗いたその意識のせいで僅かに喜びを抑えた。「もう一つ高い山を登ってから達成感を充分に味わおう」と冷静かつ客観的に状況を分析するもう一人の自分が気持ちのどこかに凛と存在していたらしい。今、その自制心が解き放されたから、もー大変だ。

ファィターズ悲願の日本一

全身に鳥肌が立ち震えが止まらない、こめかみがしびれ新庄に負けないくらい涙が出る。ダルビッシュの好投、金子の同点スクイズ、セギノールの逆転弾、MVPに輝いた稲葉のダメ押し弾。1-4で勝利。これ以上ない理想の戦いで幕が降ろされた。

ボクが生まれる前、1962年(昭和37年)、前身の東映フライヤーズ時代に成し遂げて以来 実に44年の歳月を重ねての金字塔がここ札幌で見事に打ち立ったのだ。正に青天の霹靂とも言うべき快挙、長年の夢がついに結実したのである。

もみくちゃになって喜びを爆発させるファンと選手たち、何度見ても良いもんだ。今季、例年にも増しできるだけ札幌ドームに足を運び応援してきた甲斐があったとコルクボードにぶら下がる過去のチケットを眺めては独りどっぷりと物思いに耽った。

選手たちには言い尽くせないくらい感謝の気持ちで一杯だ。次はまた44年後などという笑えないジョークは止めて今後はこれを機に常勝軍団へ近づいて欲しいものである。最後に「剛志」、誰もがその功績を認めるように君がいなかったら今のファイターズは間違いなく存在しない。数々の感動を本当にありがとう そしてご苦労さんでした。現役生活の勇姿を絶対忘れんぞぉ。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
ドームでの喧騒は心地良い。何度か経験している満員状態もレギュラーシーズンとはまた違った一体感を強く感じる。TV観戦だと細かいインサイドワークや采配が親切丁寧に目に飛び込んでくるので緊張の度合いも高くストレスになる事もしばしばだが、メガホンを叩き声援を送るのはやはりラクだし楽しい。

日本一に王手

午前中だけで早々と仕事を切り上げ、決戦に挑むために「精神一到何事か成らざらん!」ぐらいのあたかも試合に出るような気概で独り颯爽と札幌ドームへ足を運んだ。ゲーム開始前からファンのホルテージも絶好調、この記念すべき“ありがたい祭典”を頭のみならず体で記憶しておこうと終始務め続けた。

それにしても賢介や稲葉のスボンのように長い試合だった。3回と5回にはその賢介と稲葉の適時打で3点を奪い投げては金村を頭にハラハラドギトキの継投でシャットアウト、3-0と勝利した。なんとか中盤まで試合をつくった粘り、そして涙の謝罪と真摯な態度を貫いた金村の好投につきる。「よぉし、許したるっ」。

3連勝で44年ぶりの日本一に王手をかけたがここからが大事だ。勝負は下駄を履くまで解らないというし、気を抜かず目の前の1勝に拘って欲しい。強いリベンジを胸にダルビッシュが再びマウンドに上がる、一気呵成に地元北海道で日本一&胴上げの劇的フィナーレを迎えられるものと信じて疑わない。

【 追記 】:札幌ドームの関係者の皆さまへ。高波時に船に乗っているように球場がひどく揺れます、特に稲葉の時に。構造計算書の提出を求めると共に耐震診断をお勧めします。(笑)

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
子供の頃から手に汗握り観続けてきた檜舞台がついに北海道に上陸した。幾多の名勝負を重ねた歴史ある戦いが、この札幌で繰り広げられると思うだけで筆舌に尽くし難い興奮と感動に満たされる。来季から現行の日本シリーズが事実上なくなる事を考えると尚更に感慨深く、幸せを感じずにはいられない。

札幌の初戦を勝利

できれば3戦共ドームに足を運びたかったけど、チケットは明日の1試合しか取れておらず。沸き立つ思いを抑えつつ仕事を途中で「ポイッ」と投げ捨て一目散に帰宅、今日は大人しくTV観戦と相成った。個人的に「ナゴヤの初戦以上に大切なのだぁ」と位置づけていた試合、目もちばしるちゅーもんである。

初回、先取点を許すもその裏すぐに心配していたガッツの適時二塁打で逆転に成功、及第点の先発武田勝の好投以降、投手陣の継投もスバリ巧く運び、8回には稲葉の3ランで6-1とリードを広げそのまま逃げ切った。危なげない試合展開と盛り上がりに視界が閉ざされるくらい目を細め、勝利の余韻に浸る。

札幌ドームでの4万以上動員試合による勝利の方程式は今日も生きていた。これでレギュラーシーズンを併せ11試合で10勝、実に勝率.909である。いやはや負ける気がしない。初戦が取れれば最悪“2勝1敗”、“3連勝で一気”も夢じゃないと思っていたので喜びも格別だ。明日はドームへ、汚名返事を期す金村に直接ハッパをかけてやらにゃいかん。もっとも満員のファンの声援でその声もかき消されて届かないだろうけど。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking 
「たかだか頭一つを落としたくらい」と思いつつも、勝たなきゃやはり気分は晴れないものである。何度自分に言い聞かせても消える事のない意識のずーっと下の方で燻ぶるモヤモヤ感を払拭するためにも試合開始前からメガホン片手に臨戦態勢に入り、息子と2人で昨日以上に一心不乱の応援を続けた。

セギ、ダメ押し2ラン試合は初回セギノールのヒットで先取点を奪うもすぐに逆転を許し一瞬嫌なムードが漂うが、ルーキーとは思えない八木の落ち着いたピッチングが度重なるピンチを凌ぐと7回に金子の2点タイムリーで逆転、8回にはこれまたセギノールの2ランでダメ押しし2-5と勝利を収めた。

ドラゴンズに傾きかけていた悪い流れを食い止めたばかりか、札幌ドームでの胴上げの可能性を残した意味でも今日の勝利は大きい。元々1勝1敗で札幌へ帰還することを想定していたけど、ホッと一安心だ。途中「静かにしてよぉっ!」と幾度となくかみさんからクレームを浴びるが、最後まで怯むことなく毅然とエールを送ったのも勝因の一つに違いない。(なんのこっちゃ)

ガッツのブレーキがちょいと気になるが、場所を札幌に移せば気分転換となり活躍してくれるだろう。ナゴヤの雰囲気もなかなか凄かったけど、こっちだって負けてない。ファンの熱い声援がより一層選手を盛り上げるはずだ。ついに日本シリーズが初めて北海道にやって来る。今から軽い興奮を抑えきれない。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
少し不安だけど、自信がある。まるで受験票を片手に合格発表を見に行くような緊張感だ。今まで長いことプロ野球を観てきて初めて味わう新鮮な感覚に戸惑う中、午後6時11分 ついに日本一の栄冠をかけた熱戦の火蓋が切って落とされた。

ダルで初戦飾れず先発は予定通りダルビッシュ。初回こそ危なげなかったものの2回以降は制球が定まらず自らの判断ミスからも傷口を広げ結局3点を献上、後を継いだ武田久も1点を奪われ2-4で敗れた。一時はセギノールの適時打、新庄の犠飛で同点に追いついただけに残念である。

明らかなサインミス、バラバラなインサイドワーク、ダルはもちろん受ける鶴岡からも浮き足立っている様子が何度も伝わる、残念ながら若さと経験のなさが露呈してしまった。交流戦で対戦しているにも関わらず普段の野球ができない、やはり日本シリーズという舞台の独特な雰囲気がそうさせたんだろうなぁ。

多少強がっている感は否めないが今日の敗戦は想定内、思いの他ショックがない。なぜなら、過去2度の日本シリーズ出場で初戦をこぼした1962年(昭和37年)の方が日本一に輝いているからなのだ。「ハハハッ…」、自分でもあまりにも苦しい“安心理論”と解っているけど、どーかほっといていただきたい。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
今から20年近く前のニッポンハム社員時代の事、気候が良い頃を見計らうかのように年に一度ファイターズが札幌に来ていた。施設応援団よろしく緑深い自然に囲まれた円山球場にこぞって半ば強制的に応援へ借り出されたものだが、今思えば野球に興味がない人達にとってはドエライ迷惑な話である。

満員に膨らむ、札幌ドーム

しかも決まって土・日、もちろん休日手当てなど出るはずがない。今なら「はははっ、どうだ社員の特権なのだぁ!」と誰一人文句を言う事なく先を争うように足を運ぶだろうが、残念ながら当時のファイターズに興味を示す者は皆無に等しかった。心底喜んで観戦していたのはボクくらいだったかもしれない。

相手がホークス(南海)の年にゃ、寂しいったらありゃしない。主催者側のファイターズ応援席でさえオレンジのハッピを着たファンがパラパラいる程度、高校野球の地区予選を見るような雰囲気だった。その記憶が深く残っているため今の満員に膨らむスタンドを見るとそれだけで鳥肌が立ち目頭が熱くなる。

札幌ドームのスタンドに入る瞬間に見る光景は、どんな美しい景色より胸を打つ。チケットの入手が困難になるのは頭が痛いが、このボルテージをずーっとキープして欲しいと本気で願っている。たとえ新庄がいなくなろうが成績が低迷しようが、である。チームを支えるのはフロントではなくファンなのだから。

ついに待ちに待った日本シリーズが明日始まる。独り予想・展望しては不安になったり興奮したり、忙しい。スタンドを揺らす熱狂的なファンを見られる日もこくこくと近づいてきた。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
落合 博満 (おちあい ひろみつ)

現役時代は言わずと知れた大打者。一匹狼的姿勢を貫いていたにも関わらず監督に就任するや否や結果を出し、見事な統率力で3年目にして2度のリーグ優勝を果たしたのは正直意外である。いよいよ今週末に控える日本シリーズ、ファイターズファンのボクにとっては選手以上に不気味で厄介な存在だ。

落合博満1953年(昭和28年)、秋田県生まれ。秋田工業高から東洋大学に入学するが上下関係などに馴染めず半年で中退しプロボウラーを志すも挫折。その後、高校時代の恩師の勧めで東芝府中に入社し再び野球に取り組み1979年(昭和54年)、ドラフト3位でオリオンズに入団する。

1年目の後期に1軍へ上がると僅か57試合で15本塁打を放ちレギュラーを掴み2年目には早くも首位打者に。更に翌年には28歳にして最初の三冠王を獲得すると1985・86年(昭和60・61年)にも2年連続で輝く偉業を達成する。しかし、高騰する年棒がネックとなり、牛島・上川らとの1対4の交換トレードでドラゴンズへ電撃移籍し日本人選手初の1億円プレーヤーとなる。

移籍2年目の1988年(昭和63年)には初のリーグ優勝を経験。 1993年(平成5年)、FAでジャイアンツに移籍しミスターの2度の胴上げに貢献した。1996年(平成8年)オフ、清原の入団に伴いファイターズに移籍するも2年目に自由契約となり引退。野球解説者を経て、2004年からドラゴンズの指揮を執っている。

【 生涯通算成績 】(実働19年) 2236試合出場、2371安打、510本塁打、1564打点、打率.311、首位打者5回、本塁打王5回、打点王5回、最多勝利打点3回、最高出塁率7回、三冠王3回、MVP 2回

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
ジャイアンツの小久保がFA権を行使、古巣ホークスへ復帰するという。各紙が概ね同じような記事を書いており、信憑性の高い情報のように思える。不可解な無償トレードでジャイアンツに移籍して早3年、「最初で最後のFAだから大事にしたい」と発言する小久保の動向がちょいとばかり気になるところだ。

小久保、古巣ホークスへ復帰か?こちらは憶測の域を超えていないように捉えているが、ある一部の新聞では仮に小久保が抜けた場合、我がファイターズの小笠原の獲得に乗り出す旨を報じている。もしこの紙面掲載内容が事実であれば残念ながら来季以降も暫くジャイアンツの状況は変わらないだろう。

大砲がいなくなれば豊富な資金を惜しげもなく使いそれに見合う選手をしゃにむに獲得する。“勝利至上主義”という言葉を盾に闇雲な補強を繰り返しているが、それは暗に「うちは盟主なんだから」と未だに錯覚したおごりを持っている事に他ならない。勝ちたいという強い気持ちはどこの球団も同じである。

球団史上初の2年連続Bクラスに甘んじたが、ある意味変な呪縛からも解かれ今こそじっくり腰を据えて立て直すチャンスと言える。これから3ヵ年計画くらいの目標で若手を中心とした生え抜き選手の育成に努め魅力あるチームを創り上げるのが人気回復・強いジャイアンツ復活への近道だと思う。その場凌ぎのパッチワークでは、また直ぐにほころびを見せてしまうはずだ。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
プレーヤーはボクにとって自分の年齢を再認識するうえでの一つの鏡だ。同じ歳の選手がプロの世界へ入る時「頑張れよ、“タメ”たち」と応援にも力が入り、ベテラン扱いされれば「ベ、ベテナンってアンタ」と腰砕け、引退しその後コーチや監督に就任すると「もう、若くないのだぞぉ!」と現実を突きつけられる。

川相昌弘、引退この歳で同世代の選手がユニホームを脱ぐのは、若くして球界を去るのとはまた違った意味で寂しいものだ。ここ数年富にそんな機会が多くなりその都度重たいため息が出る。そしてまた一人、華はないが玄人好みのファンを魅了した川相が今季限りでバットを置くことになった。

1983年(昭和58年)、岡山南高校からジャイアンツにドラフト4位で指名され投手として入団するも直ぐに野手に転向し1989年(平成元年)にはレギュラーを獲得。シーズン66犠打の日本記録や1年を通じ試みた犠打47回を全て成功させるという離れ業も演じた。世界記録の533犠打は正に芸術の域である。

ジャイアンツで21年、ドラゴンズで3年、24年間長き現役生活を終える表情には涙はなく笑顔ばかり。気丈にも見えるその姿が余計に胸を詰らせた。2003年オフに一度は引退を決断するも紆余曲折あっての現役続行、その甲斐あってか完全燃焼したようにも映る。あのグラブさばき、粘り強いバッティング、球史に残る名選手の一人として後世に語り継がれるに違いない。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
日本シリーズのような大きな試合が始まる前のひと時が良い。「どんな試合になるのだ一体?」、解説者気取りの目線で独り色々とシミュレーションしては楽しむ。何となくお宅っぽいが、癖とも言える子供の頃からの習性だ。連日TVから流される優勝映像を見ていると否応なしに25年前の事も思い出される。

25年前のベースボール・表紙1981年(昭和56年)、ボクは顔のニキビと挌闘する純粋無垢で明朗かつ勤勉(?)な高校生だった。前年、敬愛するミスターが解任されたのを機にジャイアンツファンを止め、原がルーキーとして話題を集めていても全く無関心、特に贔屓にする球団がないジプシー状態にあった。

25年前のベースボール・中面そこで新たな刺激を求めてこの年は特に強くパ・リーグに熱い視線を送った。この頃「パ」は前後期制を導入していた時期で、ファイターズは後期を制した勢いで前期の覇者山内オリオンズを倒し悲願のリーグ優勝を飾る。大沢監督就任6年目のシーズンの事だった。

画像は日本シリーズを特集した当時の週刊ベースボールだ。互いに本拠地が同じだったため“後楽園シリーズ”などと呼ばれていたが、残念ながら2勝4敗で敗戦。人気・実力共に劣った感は否めず、そのため表紙を始め殆どがジャイアンツ目線で構成されている。打倒“憎き巨人”の思いは結局叶わなかった。

島田誠、高代、ソレイタ、柏原、古屋、高橋一、間柴、木田、江夏などなど、優勝しただけあって今見てもなかなかどーして豪華な顔ぶれだ。これをも凌ぐと信じている現行のメンバーで、前回果たせなかった日本一の栄冠を目指す。今は「真の地元」と「北海道のファン」という、以前にはなかった とてつもなく大きな戦力を持っているのが心強い。期待は高まるばかりである。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
真夜中の電話、PCへのメール、そしてこのブログへのコメント、たくさんの方からお祝いの言葉を貰った。特番のハシゴ完全制覇、女子高生ばりの長電話、それぞれへの返信対応などと興奮状態も手伝って、睡眠時間は僅か3時間。目の下にクマをつくりながらも尚、怪しさ漂う「にやけ顔」は見事に今も治らない。

ヒルマンこそ、一番思えば去年の今頃、タイガースやマリーンズファンの人たちに「おめでとう」を連呼していたものだ。他チームの事でもこんなにテンションが上がってしまうのだからファイターズがそーなったら、どーなっちまうんだと思いを巡らせていたけれど、それは想像を遥かに超えるものだった。

嬉しいことは続き、つい先日掲載のオファーがあり、光栄な事にこのブログが日経BP社の運営するホームページに奇しくも昨日から紹介され始めた。知る人ぞ知るライターで『ブログ進化論』の著者でもある、あの岡部敬史さんにかかると何だか照れくさい程カッチョ良くまとめられ、自分のブログじゃないみたいだ。時間があれば“ こちら ”から見てやってください。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
サヨナラゲームによって幕は降ろされた。抱き合う選手たち、宙に舞うヒルマン、飛び交う紙テープと歓喜の声。「……」。

25年ぶりのパ・リーグ制覇

あまりにも激しい感動のため頭の中は真っ白、言葉が出てこない。開幕前から好き勝手な思いばかりをあーだこーだと書き綴ってきたものが全て現実になってしまった。大沢親分の涙の胴上げから早25年の歳月が流れ、12球団で一番遠ざかっていたリーグ優勝の栄冠が晴れて今日、手の中に収められた。

4月18日、突然の引退を表明した新庄。一時は「なぜ、今?」「チームがバラバラになる」などと杞憂する報道も多くあったが、逆に固く一つに結束する作用をもたらした。僅か3年で野球文化の浅い北海道にファィターズを根付かせた最高の功績者、彼なくしてこの日を向かえる事はできなかったと改めて強く思う。

喜びの中で一つ心残りがある。何度かこのブログで触れているように20代前半の頃、ボクはニッポンハムに勤めていた。一度だけお会いした今は亡き大社義規前オーナーの圧倒的な存在感が今も忘れられない。選手たちを我が息子のように思い、時間の許す限り熱心に球場に足を運び、現場には一切口出しせずいつも無邪気に試合を楽しんでいたという方だ。

球団の経営権を買取り33年、90歳まで生きておられて昨年その時を迎えてしまったのが悔やまれてならない。埋め尽くされた満員のファンと初めて1シーズンを勝ち抜いたうえでの優勝をぜひ見て欲しかった。脈絡もなく、色々と感慨に耽っては胸が熱くなる。興奮冷めやらぬとは正にこの事だ。次なる目標は東映フライヤーズ時代以来44年ぶり2度目の日本一である。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
間違ってフルキャストスタジアムに行った訳ではない。何が悲しくてこんな大事な日に出張なのだろう。急遽、仙台で日帰りの仕事が入り、試合中はちょうど帰路に着く飛行機&バスの中。札幌ドームに足を運べないうえに結局TV観戦すらできず、気になって終始イライラ、ヤキモキしっぱなしだった。

ダル、完投で王手何か取り残されたような焦燥感すら覚え変に凹むところに、スコールを思わせるようなどしゃ降りの雨にうたれ自宅に着いた時にはスーツはおろかパンツまでベッチョリ。タオルを頭にのせ暫くため息しか出なかったが、そんな重い気持ちをファイターズが一気に晴らしてくれた。

ネットでチェックするってーと “ダルビッシュ11奪三振完投” “1点先取されるもセギノールの同点打と新庄の右前勝ち越し適時打などで3-1と逆転勝利” などの文字が躍る。無条件で得ている1勝に今日の勝利、明日の第2戦で勝つか引き分ければ25年ぶりのリーグ優勝だ。やっぱ札幌ドームだと強いなぁ。このまま斉藤も叩き、福岡に行くことなく一気に決めてしまいたいものである。

【 追記 】:間が悪くドラゴンズの優勝記事をアップすることができず、しかも一日遅れになってしまいましたが、ファンの皆さん「リーグ優勝、ほんとーにおめでとうございます」。対戦相手になるべくあと一つ勝ちますんで、少々お待ちくださいませ。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
東尾 修 (ひがしお おさむ)

メジャー移籍の渦中にいる松坂。その松坂に熱意を持って自ら200勝の記念ボールを手みあげに入団交渉に乗り出し、現役時代は孤軍奮闘する低迷期も経験、長きに亘りエースとして君臨した人物だ。打者の胸元をえぐる強気のピッチングは「ケンカ投法」とも呼ばれ、165与死球は未だ日本記録である。

東尾修1950年(昭和25年)、和歌山県生まれ。1968年(昭和43年)、箕島高校3年時に尾藤監督のもと甲子園に初出場した時のメンバーとしてマウンドに立ち春のセンバツでベスト4へ進出し同年ドラフト1位で西鉄ライオンズに入団。1年目0勝に終わるもそのオフ「黒い霧事件」によりエースの池永らが永久追放され駒が手薄になり、1軍の投手として実戦を積み上げる。

最初は負け数の方が上回るも、1975年(昭和50年)に23勝15敗7Sの好成績で最多勝のタイトルを獲得。万年Bクラスのチームを支え続け、球団が西武に身売りした1979年(昭和54年)以降は、常勝軍団の大黒柱として6度のリーグ優勝、5度の日本一に貢献。日本シリーズ1回、シーズン2回のMVPにも輝いている。1984年(昭和59年)には通算200勝を達成。1988年(昭和63年)麻雀賭博関与処分の影響もあり現役を引退した。

1995年(平成7年)、監督として古巣に復帰。7年間全てAクラスを死守し、内2度のリーグ優勝に導くも日本一に輝くことはなかった。退団後は解説者に復帰する傍ら今年9月にはバスケットボールのbjリーグの東京アパッチの社長にも就任している。

【 生涯通算成績 】(実働20年) 697試合登板、251勝247敗、防御率3.50、最多勝2回、最優秀防御率1回、最多奪三振1回、MVP 2回

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
昨日の戦いをそのままに、代打稲嶺の右前適時打やズレータの3ランなどでライオンズに6-1と勝利し連勝でホークスが2ndステージへの進出を決めた。松中の流した涙がチームの気持ちをより強く一つにし導き出した結果のように思えてならない。

ホークス2ndステージへ進出

レギュラーシーズンの対戦成績もあってボクを含め、多くのファイターズファンが希望していた通りの展開にはなったが、主軸を中心に打線がすっかり復調し、残念ながら手放しで歓迎できる状況ではなさそうだ。「調子を上げずに来てちょーだい」などと都合の良い事を考えていたが、そもそも無理な話だった。

過去2年、1位通過をしながら勝利の難しさを痛感したホークスが今度は挑む立場になった。短期決戦での勢いの怖さを知っているうえに、失うものがないという気持ちの余裕すら覚える点が厄介だが、臆することはない。“札幌ドームでは負ける気がしない”という言葉が口々から聞こえるように、ファイターズナインの気持ちが大きくそれを上回るから大丈夫なのだ。

「3度目の正直」ならぬ「2度あることは3度ある」というカタチで三度ホークスに苦渋を味わってもらわなければいけない。ボクが勝手にファイターズの目標とする球団として掲げているホークスを倒し「パ」を制覇する事に意味を感じているので、なんやかんや言ってもこのカードの実現は喜びの方が大きい。

いよいよ明後日から熱戦の火蓋が切られる。今から緊張のあまり小便をちびってしまいそうだ。「おっと、早くも いっけねぇ」。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
30,427人。今日、札幌ドームで行われたファイターズの紅白戦に詰掛けたファンの数だ。カツラなら間違いなく飛ばされる強風が伴う悪天候の中、無料開放とはいえ よく集まったものである。レギュラーシーズンと遜色ない熱気がみなぎっていたのには、いささか驚いた。「試合に飢えていたのね、皆さん」。

ファイターズ紅白戦

予定していた用事が急遽なくなりポッコリ時間が空いた。家族は「んじゃ」と各々に出かけてしまい誰もいなくなったため、昨日に続きプレーオフ観戦dayにしようと鼻歌交じりに思いきや「…」信じられない事に中継がない。「だったらナマの野球を見に行こうじゃないのぉ」てなことで独り足を運んだのである。

白組がシーズン中のベストメンバー、対して赤組が控えメンバーといった構成で試合が始まった。実戦練習なので結果は二の次だが、白組がピリッとしない。初回から赤組に4点を取られ終始追う展開。ガッツを中心に主軸が湿りがちだったのがちょいと気になったが、「まぁ、ここでピークじゃなくてもねぇ」。(汗)

三塁打2本を含む4安打、2盗塁と気を吐いていた紺田、投手から転向し途中から4番に入った糸井、将来の中心選手になるであろう陽、150キロ台のストレートで観客を沸かし復活を予感された江尻、ケガから完全復帰した坪井など、目を惹く選手や見所も沢山あり予想以上に楽しむ事ができた。

途中、ライオンズがホークスに11-3で敗れる情報がスコアボードのビジョンに映し出されると大きな歓声が。どうやらボクと同じく多くのファンがホークスとの戦いを望んでいるようだ。表も裏も応援が止まず忙しないったらありゃしなかったけど、このファンの後押しがあれば2ndステージも大丈夫だと改めて確信した。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
道内各地から「初雪便り」が届けられる。札幌市内に降ることはなかったけど、どーりで朝から寒い訳である。「そろそろ子供たちの冬物買い揃えなくっちゃ」というかみさんの言葉を尻目に、天気の悪さにカッコつけて家に閉じこもり、プレーオフ1stステージ第1戦、ライオンズvsホークスの戦況をじっくり見つめた。

松坂に軍配

松坂・斉藤和の投げ合いは、やはり予想通り1点をめぐる投手戦に。しかし、7回のワンチャンスに和田の適時打で均衡を破ると、松坂が6安打13奪三振の快投で1点を守り抜き完封勝利。回を追うごとに良くなるあんなピッチングをされれば、そうそう簡単に打てるもんじゃないが、王獲得が危惧していたようにホークスの打撃不振が改めて露呈するゲームになってしまった。

間違ってもこんな光景を札幌ドームで観たくないという思いからか、気がつけば自然にホークスサイドに偏った応援を続けていた。試合終了の瞬間、「だから、頑張ってって言ったじゃん」てな心境でふてくされてベソをかく子供のように軽くうな垂れる。ファイターズの天敵は相変わらず憎たらしいほど頼もしい。

リーグ規定では、プレーオフで五分の勝敗となった場合はレギュラーシーズンの上位チームが勝者と定められているため、明日の第2戦で勝利はもちろん、引き分けてもライオンズの2ndステージ進出が決まる。先発予告は、ライオンズが新人の松永、ホークスは和田の両左腕。なんとか、がっぷり四つで第3戦までもつれ込む展開になるよう期待したいものである。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
昨オフ、ドジャースからオファーがあったマリーンズ・バレンタイン監督に続き、今度は我がファイターズのヒルマン監督が古巣のレンジャーズからラブコールを受けている。レギュラーシーズンを1位通過させたその手腕を買われての事だと思うが、「チームと札幌とあなたが好きだからぁ~っ」と言って憚らない本人の意思に反し今後にわかに騒がしくなりそうな雲行きである。

テリー・コリンズここ2年、結果を残す外国人監督を羨んでかバファローズが、責任を取る形で退任したにも関わらずちゃっかりGMに復帰した中村の後釜としてテリー・コリンズに白羽の矢を立て水面下で交渉、晴れて就任が正式に決定し低迷するチームの立て直しを委ねる事となった。

ちょいと調べてみると、ドジャース3Aの監督時代にはパシフィックコーストリーグの最優秀監督に選ばれており、それが評価となってアストロズの監督に。Bクラス確実の戦力ながら3年間全てのシーズンに勝ち越し、エンゼルスに移ってからも前年70勝91敗と大きく負け越したチームを84勝78敗まで引き上げたりしている。

華々しい実績はないものの選手育成と指導力には定評があり、ド軍でも陰の功労者とされているらしい。これでパの3球団が外国人監督に、現役選手がメジャーで活躍する中、指導者もメジャーから招へいされるという何とも偏ったバランスが気になるが、まずはお手並み拝見である。従来と違う野球が見られるか、来季から“青い眼の勢力”が「パ」の目玉になりそうだ。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
レギュラーシーズンが終わって1ヶ月位経ったような感覚だ。毎日のようにファイターズの戦いぶりに一喜一憂できていたものが途切れてしまうのは、やはり寂しくどこか手持ち無沙汰である。その反面、極度な緊張の連続から一時的に開放され、楽しみを控えつつ過ごすこのマッタリ感も悪くないと思ったりする。

本番さながらの練習中いよいよ今週末7日(土)からインボイス西武ドームでライオンズvsホークスによるプレーオフ1stステージが始まる。2年前とは大いに立場が違い高みの見物をきめこむ事ができるので先駆けスコアラーよろしく楽しみながら試合内容をつぶさにチェックするつもりだ。「どーれどれ」。

試合感の維持に努める各チームだが、ライオンズはベストメンバーvs2軍の練習試合で散発5安打無得点と1軍打線が沈黙、ホークスもバファローズの2軍サーパスとの練習試合を行い1-1で引き分けと、どちらも打撃不振で本調子には程遠いようだ。

対ライオンズ:7勝13敗、対ホークス:12勝8敗。今季の対戦成績から判断してもファイターズにとってはホークスの方が組み易いのは明らかだ。1stステージで競り勝つも打線が湿ったまま上がって来るホークスをダル&八木の2枚で一気に決めてしまうのが喫茶店のココア並に甘いボクのイメージである。

満員の観客を想定した紅白戦やヒーローインタビューの練習にも余念がないファイターズが最終的に微笑むことを信じているが、昨年、一昨年のように1stステージの勝者が1位通過のチームをねじ伏せるような勢いで来るのは大変迷惑なので、札幌ドームへ駒を進めるチームは慎むように願いたい。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
山口 高志 (やまぐち たかし)

針の穴を通す絶妙なコントロールも良いが、ちょっと荒れ球ながら打者を威嚇する位の豪速球の方が魅力的だ。スピードガンがあと数年早く導入されていれば“日本初の160キロ投手”としてその名を残していたと今も信じて疑わない。ボクの記憶に残るピッチャーの中で文句なしにNo.1の速球王である。

山口高志1950年(昭和25年)、兵庫県生まれ。神港高校3年時には甲子園に春夏連続出場し活躍。関西大学に進んでも6試合連続完封、68イニング連続無失点、通算勝利数46と数々関西六大学リーグの新記録を打ち立てる。ダイナミックな投球フォームから「村山二世」と呼ばれた。

大学卒業時にスワローズからドラフト4位指名を受けるが拒否、松下電器を経て1975年(昭和50年)にドラフト1位でブレーブスに入団する。ほぼ速球だけでバッターと対峙し1年目から12勝13敗1Sと活躍し球団初の新人王に輝くと2年目に12勝10敗9セーブ、3年目に10勝12敗11セーブ、4年目にも13勝4敗14セーブとフル回転しリーグ優勝4連覇に大きく貢献した。 

しかし、1979年(昭和54年)、前年の日本シリーズで腰を痛めた影響から僅か1勝に終わると 左アキレス腱痛も併発、以降3勝に止まり1982年(昭和57年)限りで太く短い現役生活を終える。その後はブレーブス、タイガースでコーチを歴任、2005年からはタイガースの西日本地区のスカウトに就いている。

【 生涯通算成績 】(実働8年) 195試合登板、50勝43敗44S、防御率3.18、新人王、最優秀救援投手1回

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
交渉権を得られなかった無念さを今も若干引きずっている。2年間付き合っていた彼女にふられ、立ち直るのに苦労しているような状態とでも言おうか。駒苫で頭角を現し全国区になる前から見守り続けていたので過去に交渉権を得られなかった選手とは思い入れが全く違う。そう簡単に癒えはしないのである。

田中、次々に怪物超えそんなこっちの気持ちを知らずに(当り前だ)、のじぎく兵庫国体でも活躍し続ける田中。初戦の今治西をひと捻りし松坂の持つ公式戦通算423奪三振を塗り替えたうえに、鹿児島工戦もピシャリと抑え江川を追い抜く高校通算34勝目を見事に飾った。「いやはや、頼もしい」。

国体V2まであと2つ。昭和と平成の両怪物を超える快投が続いている。その進化は既に高校生のレベルにあらず、目を細め不適な笑い声を洩らす野村監督の顔が浮かぶ。せめて大切に育てて欲しいと思っていたところ、田中の教育係も兼ね、現役続行を希望している“桑田獲得”に乗り出すというニュースが。もしそれが実現すればこれ以上の生きた教科書はないだろう。

金村にリーダーを任せる事は難しいと判断せざるを得ないので「若手のためにファイターズも獲得に出るべし!」と個人的に考えたりもする。戦力以上にチームに与える影響は少なくないはずでイーグルスの動きに大賛成だ。厳しいプロの世界だけど、選手層を見ても田中が1軍のマウンドに上がる日はそう遠くないかもしれない。球団の期待度も日毎に増しているようだ。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
夢と希望を一杯に飛び込んだ世界での葛藤と挫折。実力の乏しさを思い知らされる者、本来の自分を出し切れずに終わる者、故障でやむなくその先を諦める者、毎年多くの選手がファンに見送られる事なくひっそりと球界を去っていく。プロ野球選手になっただけでも賞賛に値するが、その現実は厳しい。

カツノリ引退それを思えば、チームに貢献しある程度の実績を残した一握りの者だけが得られる権利だが、自らの引き際を選択できる選手は幸せだ。その上、球団の用意するセレモニーに参加しファンに惜しまれつつ引退できるのは選手冥利に尽きる至福の境地と言えるかもしれない。

昨日、満員に膨らむフルキャストスタジアムで飯田とカツノリが揃って、正にその中にいた。両選手とも自ら選んだ決断ではないものの充実感さえ感じる綺麗な涙を流していた。何度見ても、我が子からの花束贈呈の模様は辛く、肩を震わせ号泣する池山や金村などの姿もふと思い浮かんだ。下唇を出し、ティッシュ片手に“もらい泣き”したのは言うまでもない。

「あとは息子に夢を託したい」と言い残したカツノリ。「忠克くん(今は4歳)、先は長いがおじさんは君にずーっと注目してるぞぉ、諦めずに目指すんだ親子3代のプロ野球選手を!」。後進の指導にあたる第2の人生、2人には次世代のスターの発掘・育成に力を注ぐ名コーチになって欲しいものである。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking
この歳になると ちーっとも嬉しくないのだが、このブログを始めて今日で2回目の誕生日を迎える。自分でも認める実年齢以上の耳年寄りで、未だに「サバを読んでいる!」とかみさんから強い主張を受け続いているが、この程そんなボクをまた更にパワーアップさせる新アイテムの入手に成功したのだった。

延長十八回終わらず2週間程前 プラっと古本屋に足を運んだ時に購入しここ数日で読み上げたのがそれなのだが、タイトルは『延長十八回終わらず』(田澤 拓也:著)。1969年(昭和44年)、第51回夏の大会の決勝戦で繰り広げられた松山商と三沢の死闘を克明に記したノンフィクション作品である。

野球ファンならば、言わずと知れた名勝負。奇しくもイニング数こそ違え今年の夏も同じ歴史が刻まれた。さすがに記憶にないのだが、この本を読むとまるでリアルタイムに観戦したかのような錯覚に陥る。18回表裏の全ての攻防が細かく描写されており、知りもしないのに「あぁっ、あの試合はホント凄かったぞぉ」などと知ったかぶり人間を形成させる程にだ。

著者自ら一人一人を取材した出場選手の横顔、生い立ち、現在(平成6年当時)の悲喜こもごもな姿も奥深い。18回、互いに点を与えない井上、太田による手に汗握る投手戦。運命を分けた1球とワンプレー。子供の頃から読書感想文が大の苦手だったボクには到底表現できない圧巻な内容である。

「野球は素晴しい」、読後改めてそう感じる事ができる。機会があれば是非、推奨の一冊だ。来年の夏、再び引っ張り出して読んでみようと思っている。もっと深く心に染みるだろうなぁ。

人気blogランキングへ  FC2 Blog Ranking