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沈みそうで沈まない、浮上しそうで浮上しない、何とも歯がゆいここまでのファイターズの戦いぶりである。駒不足が否めないスタッフにも関わらずルーキー八木を中心とした投手陣の踏ん張りは賞賛に値するが、ここ2、3日の天気のようにどーも打線は湿りがちでお世辞にも良いとは言えない試合が続いていた。

ダル、すっきり完投しかし、今日は久しぶりスッキリした勝ち方を観ることができたので、ホッと一安心。不振のセギノールに先制の3ラン、稲葉にも2本塁打が生まれタイムリー欠乏症もどこへやら。着実に加点する打線の繋がりと投げてはダルビッシュの完投で12-2とジャイアンツに快勝した。

今朝のスポーツ新聞にダルビッシュが“魔球”を投げることを予告したっちゅーんで注目していたけど9回、阿部に投じた1球がそれと思える程度で本格的なお披露目とはならなかったようだ。すっぽ抜けに見えたけどあれってナックルだろうか? 即危険球退場の1号、人口芝のグラウンドに限らず物理的に無理な2号、ただの超スローボールの3号、いずれにも該当せず、大リーグボールではないことは確かだ。

せっかくチケットを持っていたのに足を運べなかったので若干モヤモヤ感が残るものの今日の勝利は非常に嬉しい。これをきっかけに打線が上向くことに期待だ。明日のチケットも当然持っているけど、さて中半端に忙しい仕事をいかに処理するか、明日は水前寺清子のごとく汗かきベソかきこなさなければなるまい。「行きてーなぁ、ドームに」。

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チャーリー・マニエル
(Charles Fuqua Manuel)


日焼けの痕が痛痒い。昨日、自分の顔を見て「赤鬼」のようだと書いたがそのキーワードで思い出した選手がいる。優勝請負人と呼ばれた助っ人のニックネームがそれだった。すっかりこのカテゴリーを忘れていたので久しぶりのピックアップである。

マニエル1944年、ウェストバージニア州生まれ。マックルア高校からツインズに入団しその後ドジャースを経て、1976年にスワローズに入団。1年目こそ足の故障で振るわなかったものの2年目には打率.316、42本塁打、97打点でチームを2位までに引き上げる活躍を見せる。翌年の1978年には打率.312、39本塁打、103打点の成績を残し球団初のリーグ優勝に貢献し日本シリーズでも3本塁打を放ちブレーブスを破る原動力になる。

しかし当時の広岡監督に守備力のなさと足の遅さを理由にチームの構想に反することを指摘され、自ら志願してバファローズに移籍。1979年にはシーズン途中に死球で顎を複雑骨折し約2ヶ月間欠場するもアメフト風ヘルメットを被り復帰すると打率.324、37本塁打、94打点と活躍し本塁打王を獲得すると共にチームをリーグ優勝に導きMVPにも選ばれる。

その翌年も優勝、連続本塁打王と打点王の二冠を獲得するが契約交渉のもつれから再び古巣のスワローズへ。しかし本来の力を出せないまま成績不振でその年限りで退団する。帰国後は、マイナーリーグのコーチなどを歴任し2000年からは大リーグのインディアンスで監督を務めた。

【 通算成績 】(実働6年) 621試合出場、644安打、189本塁打、491打点、打率.303、本塁打王2回、打点王 1回、
MPV 1回

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ファイターズが交流戦絶好調のスワローズに0-4と気持ち良い負けっぷりを演じてくれたので現実逃避を決め込むことにした。今日は朝早よから場所取りし、息子の運動会を見に学校へと足を運んだ。ちょぴり寂しいかな小学6年ということもあり弁当持参で応援するのも今年が最後ということになる。

飛雄馬の魔送球「こんなに晴れなくって結構です」と言いたくなる程の快晴に恵まれ気分も晴れやか、何とも素晴しい運動会日和である。娘はとっくに卒業しており、幼稚園時代から数えると2人合わせて11年連続の観戦になるんだなぁと改めてかみさんと今までを振り返ったりした。

さて、今年も一度も欠くことなく当たり前のように父母参加競技へ出場。今回は過去何度か経験のある運動会の王道「紅白玉入れ」である。毎度のことながら、自分の玉が入っているもんだかさっぱり確認できないほどの数が舞う中でボクを含め、一心不乱にカゴ目がけ赤い玉を投げ続ける父母たちであった。

結果は見事勝利、野球経験は全く意味をなさないとまたまた痛感した。「他の玉を回避できればもっと効率が良いのだ」などと星飛雄馬がミスターの入団記者会見で投じた一徹譲りのあの魔送球を頭に思い浮べた。帰宅後、鏡の前に立つと千鳥足で歩く赤ら顔の酔っぱらい風な男が映し出され暫し固まった。なんだこれ、「おまえは赤鬼か」。ファイターズの敗戦を紛らわすには充分なイベントだった。

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ほぼ1日遅れの話題になるけど無視して通れまい。昨年の交流戦で1勝もできなかったジャイアンツ相手に敵地で見事勝ち越しを決めた。1勝1敗で迎えた試合で2-5と勝利した最大の要因は何と言っても7回途中まで4安打1失点に抑えた八木の好投につきる。“初もの”や“左”に弱いとされるチームとはいえ、その苦手意識に関係ない高いレベルのピッチング内容には頬が緩みっぱなしになる程の大満足である。「よーやった」。

ハーラートップの快投「やっぱり投げやすい」と笑顔でコメントを残しているように、過去を振り返ると創価大時代の全日本大学選手権で18奪三振を奪って完投した広島国際学院大戦や日米大学野球、対オリックスのオープン戦などでも勝利を挙げておりここまで負け知らずと東京ドームとの相性も良い。

これで八木について触れるのは何度目になるだろう。昨秋のドラフト会議からになるから、もうかれこれ10回近くになるはずだ。以前から注目はしていたものの正直ここまでの活躍を予想することはできなかった、ホント嬉しい誤算というやつである。変則的なフォームから繰り出されるスクリューボール、スライダーにキレがあるし当分安定したピッチングが見られそうだ。

3試合連続完投こそ逃したが、これで5月は負けなしの4連勝でハーラートップに並ぶ6勝目を飾り、防御率も1.64とリーグトップをキープした。笑っても厳しい表情をつくってもあまり変化が見られない損(?)な顔だけど益々、気のせいか男前に見えてきた。決して見慣れた訳じゃなく実績を積み上げての自信の表れがそう感じさせるに違いない。このまま好調をキープし、勢いあまってジャニーズ系の顔になったらどうしよう。

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仙台に出張してきた。折角なのでフルキャストスタジアムなどを見たかったけど、当然そんな時間はあるはずもなく空港、ホテル、会議室の往復で終了である。昨日観られなかったファイターズ戦を今日はTVで応援できたもののジャイアンツ内海の前に1-4の完投負け。…癪なので関係ない話題に変えたるっ!

山本ジャパン誕生なるか公開競技としては最後の舞台になる可能性もある2008年に開催される北京五輪の野球日本代表監督に昨シーズンまでカープ監督を務めていた山本浩二氏が有力視されているという。当初、プロ・アマ双方の上層部ではWBCに続きホークスの王監督で一致し非公式ながら就任要請を行うも一方でこの先現役監督の立場にあればシーズン中に指揮を執ることは物理的に難しいと判断し水面下で山本氏に打診を図っていたようだ。

通算10年の監督経験を買っての人選らしく、1358試合で指揮を執り648勝681敗29分、1991年(平成3年)には闘病生活を送る炎のストッパーと呼ばれたツネこと津田に勇気を与えたいという願いからチーム一丸となり見事リーグ優勝も収めている。

真相は解らないが、事実がどうであれ脱却的思考には賛成だ。時代は確実に移り変わっているというのにいつまで“ON依存”じゃいかん。個人的には山本氏どーこー以前に各球団から惜しみない選手の協力体制を整える方が重要だと思う。過去を反省しチーム編成を検討して行くこの機会に互いのエゴな主張は止め、今一度その点を再認識して欲しものである。

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娘は部活、息子は遊びに、かみさんは用事で外出と午前中独りぼっちになり、特に行くところもないのでずーっと気になっていた押入れのかたずけに勤しむことにした。かみさんから「あの箱、邪魔なんですけど」と冷たく他人行儀な口調で何度か攻め立てられていたのでしぶしぶ重たい腰を上げた訳である。

ファイターズガイドブック

マンガのコミック、映画のパンフレット、フィンガー5や中3トリオが表紙を飾る「平凡」や「明星」などなど数百冊、かみさんから見るとカビ臭いゴミとしか思えない品々が狭い押入れ内を結構大きなダンボールで2箱分占拠していたのだから無理もない。

処分を目的に開いて見るが「おおっ、久しぶりだなぁどれどれ」と一々読み込んでは一向に作業が進まない。時間をかけチェックも終わりかけた頃、2箱目の底から写真のパンフレットが「クライマックスです」とばかりに出てきた。当時、ファンクラブに入会していれば毎年貰えたファイターズ公式ガイドブックだ。

「もう20年も前になるのか、これ」と感慨深く改めて隅々まで目を通すと2000本安打に手が届かんとする田中幸雄が幼い顔で“期待のルーキー”として紹介されていたりした。肝心要のかたずけは、ほとんど処分される物も出ず結局そのまま戻された。カープに今日も2-6で敗れ気分がすぐれず、いっそ両方共見なかったことにしようと自分に強く言い聞かせるのだった。

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西崎 幸広 (にしざき ゆきひろ)

ファイターズのルーキー八木が頑張っている。その昔チームのOBで1年目からシーズンを通して新人王争いを繰り広げた投手がいた。あまりにも最近の話なので懐かしさを全く感じないが、紛れもなくパ・リーグの一時代を築いた選手である。

西崎幸広1964年(昭和39年)滋賀県生まれ。瀬田工高時代には夏の甲子園大会に出場、その後愛知工大に進み潜在能力を開花させ1試合最多奪三振などの記録を数々樹立。1987年(昭和62年)のドラフト会議で近藤(亨栄高)の「外れ1位」として指名されファイターズに入団する。

1年目から15勝7敗、防御率2.89の好成績を挙げるが、同年のルーキー、バファローズの阿波野も15勝し最後は奪三振王を獲ったライバルに軍配が上がり惜しくも新人王を逃す。2年目も15勝し最多勝のタイトルを獲得、更に3年目にも16勝を挙げて不動のエースとなり、1995年(平成7年)にはライオンズ相手にノーヒットノーランを達成、この年通算7度の2桁勝利をも飾る。

しかし、1997年(平成9年)は相次ぐ故障のため3勝に終わると上田監督とも対立しトレードを直訴。石井(丈)、奈良原、両選手との交換トレードでライオンズに移籍。1年目に自身初となるリーグ優勝を経験し翌年には守護神として2勝1敗20セーブと活躍するが、再び故障に泣き2001年限りで現役を引退した。現在は野球解説者として北海道でも勢力的に活躍している。

【 生涯通算成績 】(実働15年) 330試合登板、127勝102敗22セーブ、防御率3.25、最多勝1回

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八木がまたまたの快投を演じ今度はカープ相手に6-0の完封劇だ。マリーンズが7連勝でピタリとくっつき離れないが同率ながら首位をガッチリキープ。「よーやった八木、気のせいかだんだん男前に見えてきたぞ!」。試合内容を触れようとも思ったけど、全てを見てない試合をとやかく言っても説得力がないので話題は1日遡り新庄のサプライズについてである。

新庄、またサプライズ昨日、甲子園で行われたタイガースとの交流戦、試合前新庄が阪神球団の厚意で記念に贈られた在籍当時のユニホームを着てシートノックの時間帯に颯爽と登場し、タイガースファンからスタンディングオベーションで迎えられるというちょっとケッタイで愉快な一幕があった。

破天荒というか型破りというか、なのになぜか気持ち良い。間違いなく新庄はファンの心を掴む術を知っている。この映像を観た時、「これこそが選手個々とファンが長き歴史の過程で繋がれて来た真の姿だ」と改めて確信し不思議と言いようもない感動を覚えた。仮に“目立とう根性”であったとしても違反を承知の上でのパフォーマンスにはただただ頭が下がるばかりである。(今日の審判団からの口頭注意にはしらけてしまったが)

その場の勢いではなく全ては「ファンに喜んでもらう」という極めて明確な目的があっての行動だ。度重なる行いに今では周りを容認させるような空気さえ作り上げてしまっている。一プレーヤーがこれだけの渦を立てられるのだから球界全体で取り組めばその結果は明らか。ラストシーズン、新庄が伝えたいメッセージがまたここにも隠されていたように思う。各球団のお偉い様方、新庄の爪の垢でも飲むが良い。おっといかん、ついつい2日連続のボヤキ話になってしまった。

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先日開かれたセ・リーグの検討会の結果、どうやら当初目指していた来季からのプレーオフ導入を事実上見送る方向に固まったようだ。セが「公式戦146試合」「シーズン1位を優勝と規定」とするのに対してパは5試合増の「141試合」「プレーオフでの優勝決定」の現状維持を主張しているためである。

セパ交わらずお飾りコミッショナーの根来くんがチェリッシュの唄う「てんとう虫のサンバ♪」のごとくしゃしゃり出て「優勝チーム同士の決戦をしなさい」とサンバのリズムに合わせ要望したことでセの軌道修正が求められていたが「セはセ、パはパだから難しい」「公式戦順位は大切、条件を変えるぐらいならプレーオフはやらない」など意見が出、両リーグの溝は埋まぬままだ。

珍しく根来くんの意見は的を得ている。優勝したチーム同士が戦っての日本シリーズだ。シーズン1位通過を優勝とし、日本シリーズに進むのがプレーオフで勝ち抜いたチームなどというセの発想は現行のプレーオフ制度以上にある意味歪である。結局、両リーグ同調の流れに乗っただけでシーズンオフの消化試合の“集客減改善”を目的にした薄っぺらな考えに過ぎなかったということに他ならない。

なぜ12球団で足並みを揃えることができないのか。『利益優先』しか頭になくファンが何を求めているか、どうしたらファンが喜んでくれるか、といったことを置き去りにするからこんな強調性のないことが起こる。場当たり的なテコ入れではなく、将来を見据えた改革をしない限り何をやってもこの調子だろう。政界によくある国民をないがしろにした政党間の足の引っ張り合いを見るようでため息が出る。あまりにも滑稽でならない。

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淡口 憲治 (あわぐち けんじ)

「代打、淡口!」。両手の拳を重ね球審に告げる若かりし監督時代のミスターを今でも鮮明に思い出すことができる。腰をプリッと振る独特のフォームから繰り出される弾丸ライナーは当時「コンコルド打法」と呼ばれていた。現在ファイターズのバッティングコーチ、打線の建て直しにより力を注いでくだされ。

淡口憲治1952年(昭和27年)兵庫県生まれ。前年に続き1970年(昭和45年)の春の甲子園大会に1年後輩の羽田(のちにバファローズ)と共にクリーンアップを組みベスト8進出、翌年にその高いセンスを買われドラフト3位で指名されジャイアンツに入団する。

代打要員として出場機会を重ねていたが、最下位に低迷した1975年(昭和50年)に頭角を現し規定打席不足ながらも打率.293の成績を残すが、翌年に大型トレードの一つとしてファイターズから張本を補強すると柳田、末次とのレギュラー争いにも敗れ、再び代打の切り札として活躍する日々を送る。

1983年(昭和58年)にようやくプロ入り初の規定打席を到達する打率.302と奮起するが、またも若手の台頭という障害で出場機会が狭まり1985年(昭和60年)、有田との1対2のトレードで近鉄に移籍する。移籍後は持ち前のバッティングでチームに貢献し直ぐに外野手の一角を獲得。1989年(平成元年)、古巣ジャイアンツとの日本シリーズを最後に引退した。翌年から16年間ジャイアンツのコーチ、2軍監督などを歴任し現在に至る。

【 生涯通算成績 】(実働19年) 1639試合出場、1076安打、118本塁打、474打点、打率.275

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ファイターズのガッツこと小笠原がファンにとっては複雑なフリーエージェント(FA)権を取得した。遠征の移動途中の新千歳空港で臨時会見が開かれ報道陣に対し「チーム状態もいい感じで来ているし、今は全く考えていない」とコメントしたようだ。

ガッツFA取得昨季オフの契約更改時に「他球団の評価を聞いてみたい気持ちもある」と権利行使に興味を示す発言をしていただけに、なまら気になる。新庄の引退が決定的なため、尚更残留を願う声も少なくないはずだ。ある意味新庄よりファンと深いところで繋がっている選手だからなぁ。

思えば、全く野球に見向きもしなかったボクの息子がいち早くファンになったのも小笠原だった。今じゃ関連グッズをねだられることも珍しくない。ヘルメットを飛ばすフルスイング、寡黙でありながら闘志剥き出しのプレー、どれを取っても絵になるプレーヤーだ。捕手として入団し今日まで見続けているけど、当時はまさかこれだけの選手になるとは思っていなかった。

制度に対しては色々言いたいこともあるが、自身の努力と実績で得た正等な権利だし本人が進みたい方向があるならば応援したい気持もある。「ドライだねぇ」「冷たいのね」と思われるかもしれないが、本心である。だだ、目を潤ませ下唇を噛んでの発言であることは言-までもない。なぜか根拠が全くないのに生涯ファイターズを貫き通すような気がしてならず信じ切っている部分がある、あまりにも楽観視し過ぎかもしれないが…。

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花粉症と付き合い始め早10年以上経つ。年々レベルがエスカレートし最近は目の痒みや鼻水以外に頭も痛くなることもしばしばで大変困っている。一昨日「このクシャ、鼻水、頭痛、何とかならんのか!エエッ」と自分自身に幾分腹を立てつつ布団にもぐり込むと急に寒気が全身を覆い熱が出始めた。どうやら花粉症の陰に同じ症状の風邪が潜伏していたらしい。

ベイに敗れるおかげで昨日は予定していたファイターズ戦の観戦にも行けず一日中ダウン、ブログの更新もできなかった。汗を大量にかきかき寝ていてもファイターズの結果がちょっと気になり確認してみるってーとベイスターズ相手に3-4と惜敗、ようやく体調が戻りかけたものの精神的ダメージを受け引き続き寝込むことになってしまった。

2度も追い付きながら、建山が、9回一死三塁から吉村に決勝打を許して3連勝でストップ。ナイターで行われたライオンズvsジャイアンツ戦でライオンズが勝利したためあえなく僅か3日間で首位陥落である。久しぶりに熱を入れジャイアンツを応援したのにその願いは最後まで届くことはなかった。

もちろん、このままトップを走り続けられないことくらいボクも充分理解している、問題はこれからだ。このままズルズル沈むことなくどこまで踏ん張って上位に居られるか、むしろこれからの戦いこそ真価が問われる。「最後までAクラスをキープしているファイターズの姿がボクの中ではしっかりイメージできているので全然大丈夫なのだぁ」と今は胸を張って強がっておく。

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相変わらず“投高打低”状態が続いている。見た目はジミながら「打線は水もの」と言うし、ある意味バカスカ打ちまくった一時的な勢いで得たポジションじゃないので先を考えると内容は決して悪くないのかもしれない。特に目をひくのは駒不足と否定された投手陣の頑張り。数字にも顕著に表れ、昨日の試合の終了時で3.03と12球団一の防御率を残しているから頼もしい。

八木、初完投正直、予想を上回るここまでの展開だ。開幕前から戦力ダウンの不安からネガティブな記事を多少残してしまったが本音は「チッチッチッ、こんな時こそ意外な結果を残すんだぜっ」と宍戸錠ばりに人差し指を左右に動かしながら期待を持ちつつ、戦況をじーっと見つめて来た。

細かな試合内容・結果はスポーツ新聞等に任せるとして、昨日は自身3連勝となる4勝目を飾るルーキー八木のプロ入り初完投、中継ぎスタッフの登板過多が気がかりだけど今日も江尻-岡島-武田久で完璧なリレーを見せ、共に最少失点1で抑える見事な快投劇を演じベイスターズ戦も勝ち越しを決めた。

ヒルマン監督就任以来最大の6に貯金を延ばす3連勝で首位の座をガッチリキープしているが、これから夏場に向かってこの好調を維持できるのは難しく「早いとこ打線も奮起しなさい!」と敢えて叱咤激励する。高まる感情を抑えつつ記事を書くのもどこか心地良く、一日でも長くこの感覚を味わい続けたい。

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札幌のあちこちに咲く満開の桜が善戦するファイターズを祝福してくれているようだ。ボクも桜に負けず両手を腰にスキップしたくなる位の晴々とした時間を昨夜から送っている。『首位』の活字が躍る今朝の新聞紙面を見て「これって記念に取っておいた方がいいだろか?」などとサッカー日本代表がワールドカップで優勝したかのような強い価値をそこに感じてしまった。

石井琢朗、男泣きすっかりファイターズに目を奪われていたが、同日ベイスターズ石井琢朗がプロ生活18年で史上34人目となる2000本安打達成したという大きなニュースがあったことをもちろん忘れてはいない。投手として勝ち星を挙げながら金字塔を打ち立てたのは川上哲治以来で2リーグ分裂後初の快挙だ。「いゃ~っ、ホントに見事である」。

子供の頃からグラブを枕元に置いて寝る程の野球好きで、愛読書は「巨人の星」と「ドカベン」と徹底していたらしい。憧れだったプロの世界へは1989年(平成元年)にドラフト外で飛び込み、入団2年目の1991年(平成3年)のオフ、ジャイアンツの篠塚を目標に野手への転向を自ら志願し、持ち前のセンスとたゆまぬ努力で今日まで数字を積み上げてきた。

何度も涙をぬぐいながらインタビューに応える石井の姿をTVのスポーツニュースなどで観て、ちょっと感動してしまった。いつ見ても男泣きは良いものである。その石井がいるベイスターズを迎えての3連戦が引き続き札幌ドームで今、正に熱い戦いが繰り広げられている。ご祝儀で1、2本のヒットは許してやっても良いが勝ち星は残念ながら譲れない。こっちもそんなに早く桜を散らせる訳にはいかんので、お手柔らかにお願いしたい。

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初戦のサヨナラ勝利に喜んで昨日の敗戦にうなだれて、開幕以来のことだけど勝ち負けを同じ頻度で繰り返すもんだから何かと“感情移動”が忙しい。あまり力を入れて勝利に執着すると楽しさを通り越してストレスを抱え込むやもしれないと心配することが今やストレスになっている。(なんのこっちゃ)

vsドラゴンズ戦ファイターズ戦が札幌ドームであるとなれば完全無視を決め込むこともできず、別にこれといった用事もなく観戦時間が許す状態だと何だかソワソワ気になってしまう。特に昨日行く気まんまんの出端をくじかれたような格好になったので尚更だ。「よぉし、今日こそ行って勝利を呼び込んだるわい!」、誓いも新たに再び独り札幌ドームへ足を向けたのだった。

初回に3点を奪ったものの、橋本の草野球並みのエラーでみすみす4回にドラゴンズへ2点をプレゼント、7回には同点に追いつかれ3夜連続の延長戦である。う~む、相変わらずピッチャーはある程度踏ん張るが打線の湿っぽさが目に付く。青筋を立てながら我慢しいしい観戦し続けた延長10回、森本、マシーアス、小笠原の3連打で一死満塁とすると、セギノールが押し出し四球を選びサヨナラ勝ちを収めた。

「アッハハハハ」、何かすっきりしないゲーム内容だったけど結果善しで笑いが止まらない。交流戦スタートを勝ち越したのも嬉しい。なんと実にほぼ6年、『 2201日 』ぶりの単独首位。1日天下にならないよう今後の踏ん張りに期待だ。勝ったら勝ったでみょーにテンションが上がりこれは血圧によろしくない、どう転んでもファイターズ戦は体に悪いようである。

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♪~♪~、思わず鼻歌の一つでも出でしまいそうな気分だった。ドランゴンズを向こうに延長にもつれ込み、2000本安打まであと28本に迫る田中幸雄の見事なサヨナラヒットで勝利し交流戦のスタートとしては最高の滑り出しをきることに成功。ゲームを決めたのが幸雄ちゅーのがまた良いじゃないのぉ。

使えなかったチケット5連勝で20勝に到達し貯金も4に、ライオンズとのゲーム差も0.5になり6年ぶりの首位の座も見えてきた。「おおっ、ならば6連勝の瞬間をしかとナマで見届けねばならん!」、力一杯握り締めた右手の拳を目の前にかざし、昨夜 ドームへ足を運ぶことを固く決断したのだった。

幸い職場から札幌ドームへは地下鉄1本、距離にして13.6km、乗車時間24分の快適アクセス。 改札をくぐるや否や既に戦闘モード、「おせーなぁ、この地下鉄」などとイライラ無理難題を心の中で呟いていると携帯の着信を無視していたせいでメールが届いた。そぉっと内容を確認すると“なん時頃になる?”の文字。「で~っ」、以前から知人の会社に行く約束をすっかり忘れていて、渋々立ち寄りたった今帰宅した。

ドームで待ち合わせしていた友人の都合が悪くなったのは、いやはや幸いだった。早速ネットで結果を確認するってーと9回に同点に追いつかれ、2夜連続の延長戦で今度は3-4で敗戦、スコアだけでも充分に凹むので、ある意味観戦しなくて良かったか? 細かい内容は別に知りたくないので今日はTVを見ることなく就寝である。あぁっ、またチケットをムダになってしまった。

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さて、賛否両論があれど結果的に概ね成功したという意見が強かったようで、明日からいよいよ2年目になるセパ交流戦が行われる。一部ではその結果に味をしめたパの球団から“試合増”の意見も出されるという報道もあったが、選手会の意見同様あまり調子にのると希少価値がなくなり失敗する方向に進むことも懸念されるので、現状の試合数が妥当だとボクも思う。

2006セパ交流戦昨シーズンは、特に1年目ということもありオープン戦とはまた違った意味で新鮮で、個人的には結構楽しませてもらったが、我がファイターズにとっては非常に過酷な戦いだった。ざっと振り返ると、対ジャイアンツ4敗2分、対タイガース2勝4敗、対ドラゴンズ2勝4敗、対ベイスターズ2勝4敗、対スワローズ1勝5敗、対カープ5勝1敗 。

実にトータル36試合で12勝22敗2分、借金10という散々たる内容だった。カープに勝ち越した以外他の5球団全てに負け越し、ジャイアンツ戦においては1勝もできないありさま。だだでさえあまり良くなかったのに、おかげで交流戦ですっかりで勢いをなくし、そのまま浮上することなく最後まで低迷してしまった。

今年は昨年と違い交流戦に入る前の状態が良く、4連勝で貯金3に膨らみ3位につけていて若干だけど勢いがある。更に前回同様、ホームである札幌ドームから始まるというのが誠によろしい。まずはドラゴンズ3連戦で弾みをつけ交流戦の覇者になる位の成績を収めることを夢見て、ドームで、はたまたTVの前で気合を入れて応援である。

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ボクの中学生の頃には、ガクランの襟首に“カラー”と呼ばれる薄いプラスチックが付けられていた。今では初めから付いていない制服をよく見かけるが、ちょっと色気が出てくるとそれを取って「フフッ、オレってちょっぴりワルだぜ」と粋がりたい衝動に駆られたものだ。いわゆる自己主張の目覚めである。

新庄のこだわり

学校の決まりごとは結構窮屈なもので、仮にそのカラーが割れて一時的に外そうものなら直ぐにセンコウ、いや先生から「カラーはどうした、うん?カラーは」とチェックを受ける始末だった。「何でこれが無いだけで目くじらを立てて注意されなきゃいかんのだ?」、カラー片手に考えたことも一度や二度ではなかった。

新庄の襟付きアンダーシャツ騒動を見た時、なぜだかそのカラーの一件と重なった。ボク的には何で騒いでいるのかさっぱり理解できない。ルール上問題なく試合前に審判団の許可を得てスタートしているにも関わらずである。むしろ騒ぎ立てる連中の目的や狙いが不透明すぎて釈然としない。「“マナー違反”ってなんだ、青少年に悪影響を及ぼすことを心配しての発言かぁ、誰の感想なのだ? えっ、はっきりしようよ審判部さん」。

基本的に学校教育とちーっとも変っていない低レベルな歪んだ大人社会のルールやマナーを見受ける度にため息が出る。個性を嫌い同じ歩調を善しとする独特の古臭い習慣が未だにあちこちに蔓延っているからだ。 「SHINJOファッション」は旧態依然とした球界への「挑戦」であり彼の個性の主張に他ならない。ボクから言わせればルーズスタイルのスボンの方がよっぽどいけてないと思うが。メジャーがやってるものは善しってか。

ハイネックが良くて襟がダメならちゃんとそう決めれば良い、お偉い方が人一倍好むルールというやつで。

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山本 和範 (やまもと かずのり)

GW期間中、何度が足を運んだバッティングセンターで思い出した選手がいる。難聴というハンディを抱え、波乱に満ちた野球人生を送りながら、時には見ている者の感情を熱くさせた。愛称はドラ、多くのファンから深く愛されたプレーヤーである。

ドラ山本1957年(昭和32年)、福岡県北九州市出身。戸畑商業高3年の時、ジャイアンツの入団テストを受け合格し期待を胸に1976年(昭和51年)のドラフト会議に挑んだが指名を受けたのはジャイアンツではなく近鉄バファローズ。5位で指名を受け、とまどいながらも入団し直ぐに外野手に転向、二軍では三度3割を記録するも一軍で全く結果を残せず、1982年(昭和57年)に自由契約を言い渡される。

一旦は引退と帰郷を決意したが、そのまま大阪に残り一年近くバッティングセンターでアルバイトをしながら打ち込みを続けていたところ、南海ホークスの穴吹監督の誘いでプロの世界に返り咲き、翌年からライトのレギュラーの座を獲得。順調に主力選手として活躍するが、1995年、成績不振に加え年齢と高額年俸を理由に再び解雇される。しかし不屈の闘志で古巣近鉄の入団テストを受け再び復帰にこぎ着けた。

1999年、引退を決め迎えた福岡ドームでのダイエー最終戦、9回表に自身最後の打席で逆転ホームランを放ち有終の美を飾る。消化試合にも関わらずつめかけた48,000人の歓喜のシーンは記憶に新しい。引退後は吉本興業に所属。タレント活動をする傍らマスターズリーグの福岡ドンタクズに参加している。

【 生涯通算成績 】(実働23年) 1618試合出場、1400安打、175本塁打、669打点、打率.283

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カープ一筋で今年プロ17年目を迎える佐々岡が、江夏次ぐ史上2人目の先発100勝、100セーブの金字塔を打ち立てた。昨シーズン1勝に終わり、年俸がほぼ半減の7000万円にダウンし38歳という年齢からも一時は引退説も流れたが、今季は開幕時から先発ローテを守る活躍でチームを牽引している。

佐々岡100勝100S「カープは子供の頃からの夢。憧れだった」と語り小学生の頃から赤い帽子を被っていたという佐々岡。幼い頃から母の手一つで育てられ、野球選手になることを目標に帰宅後は一人もくもくと壁に向かってボールを当てる練習を日課とするところからその一歩を踏み出した。

甲子園出場を夢見て浜田商高に進学したが、夏の県大会4強が最高で最後までその夢を叶えることができなかったが、その後NTT四国に進んだ4年目に晴れてカープにドラフト1位で指名され入団。1990年(平成2年)に13勝11敗17セーブでデビューし、翌年のリーグ優勝時には17勝でMVP、沢村賞など5つのタイトルを総なめにするなど数々の実績を残してきた。

小さな大投手、長谷川良平から始まり大石、外木場、北別府、津田、大野など、様々な投手がエースと呼ばれたが、通算131勝を挙げ入団以来文字どおり「18」を背負う佐々岡も球団史にその名を刻む紛れもないエースである。一度挫折しかかった選手の奮起は個人的に凄く嬉しい。「鯉のぼり」にあやかり、更に少しでも永く勝ち星を積み重ねて行って欲しいものだ。

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山本 和行 (やまもと かずゆき)

“昔話を穿り出したいぞ症候群”という病に侵されており発作抑制・症状改善のため、またまた話題性を無視してのアップである。今回は能面のように顔色ひとつ変えずに淡々とチームの勝利に貢献した絶対的存在感のあったストッパーを取り上げる。

山本和行1949年(昭和24年)、広島県生まれ。広島商業時代にはエースとして三村(のちのカープ監督)と共に夏の甲子園に出場するも初戦敗退。亜細亜大学に進学後はシーズン70奪三振の当時のリーグ記録を樹立し通算で33勝を上げる活躍を見せ、1972年(昭和47年)に“ONのいる巨人”との対決を希望しドラフト1位でタイガースに入団、直球とフォークを武器に1年目から3勝5敗というまずまずの成績を残す。

5年目の1976年(昭和51年)から主にリリーフとして起用されると6勝3敗18セーブ、防御率2.92という好成績で本来の実力を開花。その後も実績を積み上げ一時は先発に戻るも1982年(昭和57年)再び抑えに回ると15勝8敗26セーブ、40SP、防御率2.41という鈴木孝政を超える当時の日本記録を樹立する。

翌年も2度目の最優秀救援投手に輝きメジャー挑戦を希望するが周囲の慰留により断念。歓喜に沸いた1985年(昭和60年)も守護神として活躍したもののシーズン途中でアキレス腱を断裂し戦線を離脱、日本シリーズへ出場することは出来なかった。翌年には15セーブで見事に復活するが1988年(昭和63年)、投手兼任コーチで0勝3敗の成績に終わると現役を引退。登板数700は今も破られない球団最多記録である。

【 生涯通算成績 】(実働17年) 700試合登板、116勝106敗130セーブ、190SP、防御率3.66、最優秀救援投手2回

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ついに貯金無しの5割に戻り「うぬぬっ、こーしてはおれん!ゆ、行かねば!」てな感じで鼻息荒く、今日札幌ドームへファイターズを応援しに行ってきた。そのかいもなく過去何度か自慢げに書いていた観戦試合連勝記録もあえなく13でストップし、息子と二人で肩を落としながらトボトボと球場を後にした。

レフトスタンド同じ負けでも内容が悪すぎる。3回に先発のダルビッシュが石井義、和田、貝塚の適時打で3点を奪われると相手のエラーの間に1点を返すのみの拙攻が続き、9回には安易に交代した武田久が不用意かつ簡単にストライクを取りにいった球でカブレラに3ランを浴びジ・エンド、1-6で敗れチームも3連敗で借金生活に突入してしまった。

ピッチャーの交代のタイミングもさることながら、特に打線の覇気の無さが気になる。工夫が無く淡白、久しぶりにイライラの募るゲーム内容で、さながらサッカーのサポーターのごとく片脚をイスにかけブーイングを浴びせたい衝動に駆られた。チームの状態が良くない時にはこんなもんだろうが、探そうにも浮上の糸口さえ見つけることもできない。う~む、重症だ。

あまりにもヤキモキするので気分転換にバックネット裏の指定席からレフトスタンドのファイターズ応援団の背後に付き「ボクも私設応援団の一員ですっ」といった顔で声高らかに応援しストレスを発散した。白鳥の湖を踊るバレリーナのように力なくクルクル回る選手は当分ベンチを暖めてもらわなきゃいかん。必死にエールを送ってくれる沢山のファンに失礼だ。

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予想以上にジャイアンツが強い。開幕からほぼ1ヶ月、4月を終え26試合を消化し9カード連続勝ち越しの18勝6敗2分 勝率.750、で2位のドラゴンズに4ゲームを離す快進撃を続けている。何よりも連敗が一度もないというのが素晴らしい、安定したそつない試合運びは本当の強いチームに見る内容だ。

二岡2満塁弾その好調の波に乗って、昨日は二岡の2打席連続満塁弾を含む大量点でドラゴンズに快勝した。1951年(昭和26年)にファイターズの前身でもある大映スターズ時代の飯島滋弥がブレーブス戦で記録して以来55年ぶりの快挙で、2打席連続は史上初の記録となった。

一昔前、自身の生い立ちを現代版「巨人の星」と比喩された原だったが、幼少の頃から大学時代まで父親を師と仰いできた環境が自然に指導力を身につけさせたのか、戦力はどーであれ3度目の采配でも高い成績を残している。投打もかみ合い、大きく崩れることなく当分ジャイアンツの勢いは続きそうだ。

一方、結果とは比例せず4月の視聴率が過去最低の数字に終わる現実が横たわってしまった。シーズン前から何度も書いているようにまずは、金に物を云わせた場当たり的に補強を止めなければならない。亀井や矢野などのような生え抜きの選手を育て魅力あるチームに変えて行くことを進めなければこの先も厳しいように思う。色々求められて、監督業は大変である。

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