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古田新監督が誕生以来、秋期キャンプでも今まで以上に注目度が高いスワローズ。そのスワローズの歴史の一端を少し。

ヤクルトにはアトムズというニックネームの時代があった。個人的には、侍ジャイアンツの番場蛮のライバル眉月光が所属していた球団ということで記憶に残ってたりする。

1965年(昭和40年)この年、シーズン途中にして球団経営権が国鉄からサンケイ新聞に譲渡された。暫定的にスワローズの名で戦いぬいたシーズン終了後、サンケイスワローズは球団イメージの一新を図るべく新しいニックネームの募集を自社の新聞紙上で発表した。結果、応募総数が14万通近くもあった中で、投票数が300通足らずにすぎなかった“アトムズ”という案が選ばれた。当時、系列のフジテレビで『鉄腕アトム』放送されていたこともあって少年野球ファン獲得に繋がると判断しての採用だったようだ。

ヤクルトアトムズユニホームの左袖には勇ましく空を飛ぶアトムが付けられた。しかし心機一転して望んだものの成績は万年Bクラス。その後1970年(昭和45年)にヤクルトに譲渡されてからも状況は変わらず、鉄腕アトムはその力を充分に発揮することなく1973年(昭和48年)、虫プロダクションの倒産に伴い「縁起悪っ」と使用が中止され、元のスワローズに戻り今日に至っている。

もし今も使用し続けていたらアトムズvsライオンズと手塚治虫キャラが描かれたチームが対戦していたことになる。なんだか子供たちに夢を与えるようで良いんじゃない。マンガの主人公が球団のニックネームになることは、この先もうないだろうなぁ。

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