プロ野球に関することを中心に勝手気ままに感想・意見・思い出話などを綴るサイトです。
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一昨日、関東地方に“観測史上最速”と云う「梅雨明け」が発表された。東京に赴任後初めての梅雨だったので「どれだけジメジメした毎日を送らなきゃならんのだ?」と憂鬱に思っていたので、多少肩透かしを喰らった感がある。「この程度のぐずつきが続く天候なら毎年札幌だってあるぞ、オイッ !」てなもんだ。

敗戦の涙しかし、さすがにこっちの夏は暑い。生まれも育ちも札幌の道産子故、堪えるったらありゃしない。普段開かない毛穴が開く自覚があり、「夏バテ対策をせねば」と思う今日この頃だけど、このクソ暑い夏だからこそやって来る楽しみがある。それは他ならぬ「高校野球」である。

広島大会では2試合で15人もの球児が、宮城大会では審判員が、それぞれ熱中症の症状を訴えるなど各地で早くも猛暑の影響が出ている一方で、兵庫大会では部員不足で昨年は出場できなかった氷上西が甲子園春夏5度の出場経験がある姫路工に5回コールド0-71という歴史的大敗を喫したと云う。

1998年(平成10年)の青森大会で深浦が東奥義塾に0-122で敗れた例に比べれば接戦(?)だ。もしかしたら部員の確保が難しいレベルのチームにあっても中には自分たちの力のなさを不甲斐なく思い、恥じ入る選手がいるかもしれない。でも、この苦さは数十年後笑って語れる格別な思い出に変わるはずだ。中途半端な敗戦よりも数段輝き、そして鮮明なカタチで…。

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あるはずのない風鈴の音や蚊取線香の匂いを感じる。はたまた緑が乏しい環境なのに蝉時雨が聞こえるような気がする。甲子園が始まると毎年決まって幼い頃の夏が蘇り、なんとも言いようもない懐かしい気分に浸るのだが、例年通り「栄冠は君に輝く♪」を耳にしてからその感覚に幾度となく包まれている。

北照、初戦敗退やはり夏と言えば甲子園、甲子園なくして“本当”の夏は始まらない。郷土の誇りを胸に戦う球児たちの姿は、裏で多少悪さをしようと、清々しく勇ましい。我家の娘と息子が揃って高校生のせいもあって、今年はいつにも増して選手たちを見る目はすっかり父親目線である。

さて、その夢の檜舞台に早くも大会3日目の第3、第4試合と続けて北海道代表の北照・旭川実業の両校が登場したが、残念ながらどちらも敗れてしまった。ぼくの住む南北海道代表にスポットを当てて見るってーと、2006年(平成18年)に駒大苫小牧が決勝で早実に屈した翌年から、これで4回目となる初戦敗退。あの3連覇に近づいた一時の勢いはいずこ…?である。

幼い時分の第40回大会(昭和47年)~54回大会(昭和61年)までの15年間で1回戦を突破したのが実に一度という暗黒期を経験し、過去の大会を振り返っても55回もの初戦黒星を献上している地区ゆえに慣れてはいるものの、プロ野球団が根付く現在の土壌でこれは寂しい。「よくやった」「善戦、善戦」などと一昔前のように慰めている場合ではない。「頑張れ、若人よ!」。

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夏の甲子園が近づいてきた。例年見られる現象だけど、この時期当ブログを訪れる方のサーチワードに「バンビ」の文字が登場する。今から30年以上も前の選手なのに未だに甲子園で放った輝きを多くの人が記憶に留めているという証拠だ。そこで今日は3年前に綴った記事を一部加筆・訂正して再掲載する。

バンビ坂本1-1でもつれ込んだ10回の裏、2アウト一、二塁。最後の力を振り絞って投じた158球目をとらえた打球は逆風の中ライトのラッキーゾーンへ。劇的なサヨナラ本塁打で死闘に終止符が打たれた。1977年(昭和52年)第59回大会、東邦vs東洋大姫路の決勝戦のひとコマである。

この大会2回戦から出場した東邦は高松商に6-2、3回戦は黒沢尻工に8-0、準々決勝は熊本工に4-0、準決勝では大鉄に5-3と勝利し一戦ごとに力をつける度に人気はうなぎのぼりに、見事決勝進出を果たしている。その全ての戦いを投げ抜いたのが、ひょろりと首と腕が長く顔立ちがカワイイところから「バンビ」の愛称で呼ばれた15歳の一年生エース坂本だった。

敗れた瞬間、涙はなく微笑みさえ浮かべマウンドを降りるその顔が今も鮮明な映像として頭の中に残っている。「ホームランと解った時、何となくホッとしました」とポツリと悪びれずにインタビューに応え、明日への希望を胸に甲子園を去って行った姿が何とも清々しかった。あぁ、懐かしや古き良き思い出である。

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愛媛、高知、岡山、鳥取へ出張してきた。どの土地に足を踏み入れても真っ先に思い浮かぶのはその地域にある甲子園の常連校なのだが、今回であれば古豪の松山・高知の両商業や済美、関西などの新参校あたりだろうか。野球が盛んな場所に行くほどテンションが上がり、また軽い興奮を覚えてしまった。

中西氏の孫、岩田大輝投手さて、ファイターズの調子が悪いために現実逃避を決め込む訳じゃないけど、今回は全国で熱戦の火蓋が切られた高校野球絡みの話である。過去、このブログでも香川、篠塚、香田、桑田等々、元プロ野球選手の息子を取り上げたことがあるが、今度は孫の代の話題なのだ。

何でも西鉄ライオンズの黄金期を築いた一人で我がファイターズの初代監督を務めた中西太氏の孫、日大一高の岩田大輝投手(3年)が東東京大会に登場し都桐ケ丘高を相手に僅か3回ながら無安打に抑える好投を見せたらしい。チームも16点を奪う猛攻でコールド勝利、しっかりと2回戦に駒を進めている。

知る人ぞ知る中西氏の奥さんの父、いわゆる義父はあの伝説の監督“三原脩氏”である。ってことは岩田くんは中西、三原、両氏の血を多少薄くなりつつも受け継いでいることになる。畳屋の親父と炭鉱の町に住み20歳で結婚した母の間に生まれたボクとはエライ違いだ。(なんのこっちゃ) 偉大なる人物の末裔であるが故に色々と大変だろうけど頑張って欲しいなぁ。

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札幌もここ数日、ようやく30℃を越える真夏日となった。ビールが美味い季節だというのにあまり酒が強くないため毎夜“牛乳”を飲みながら「熱闘甲子園」に見入っている。南北海道代表の北海の敗戦で楽しみが一つ消えてしまったが大会はまだ5日目、これから益々熱い戦いが繰り広げられるのである。

柳沢慎吾のクライマックス甲子園昨日、甲子園の結果を一通りチェックし「青春だねぇ」などと独り軽い興奮状態で日付が変わろうとする時間に改めてPCを見ると1本のメールが届いていることに気がついた。開いてみるってーと高校野球バカのKくんからのもので、「何もこんな時間に」と思いつつも開いてみた。

その内容は、高校野球ファンであれば既にご存知の方も多いかと思うけど、最近発売されたタレント柳沢慎吾の“クライマックス甲子園”なるCDについてであった。何でも高校野球が大好きな慎吾ちゃんが選手、監督、実況アナウンサー、解説者、コーチのセリフはもちろん、セミの鳴き声から果てはヘリコプターの音までつぶさに再現したちょいと耳障り(?)なCDであるらしい。

何度見ても熱い思い入れが伝わる話芸に笑わされてしまうが、ついに商品化だ。「おもろいで、聞く?」と関西出身ならではの文書であおってくるので何だか俄かに興味が沸いてきた。毎年大会が終わると「祭りの後の静けさ」ならぬ「寂しさ」に陥ることを常としているため、「そのタイミングで手にするのも悪くないか」なーんて一瞬真剣に購入を考えてしまったボクである。

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ついに第90回全国高校野球選手権記念大会が始まった。桑田の懐かしい“PL姿”に目を細めながら開会式から土日の2日間、時間の許す限り戦況を見つめたが、やはり甲子園あっての「夏」である。プロとは違う未完成故のひたむきなプレーが面白く、グラウンドに躍動する選手たちはいつの時代も清々しい。

懐かしや桑田のPL姿輝かしい檜舞台の陰で桐生一の2年生部員が強制わいせつ容疑で逮捕されるという不祥事が先日明るみになった。何でも帰宅途中の女子高生の口を手で塞ぎ体を触ったのだという。普段仲間内でバカをやる分には構わないと思うが、あまりにも残念な行動だと言わざるを得ない。

今更ながらこの話題に触れたのは、今日になって「桐生一が試合に出るのはオカシイ!」とHくんが拳をかざし力説したからである。中には「ルーキーズのナインでさえあんな格好で甲子園に出るんだから良いじゃないのッ」という訳の解らん意見も出たが、ボクも今回ばかりは高野連の下した判断に賛成だ。

何度もこのブログで綴っているように元々短絡的に処分される“連帯責任”という慣習に疑問を感じていた。特に今回は部活動とは全く関係ない時間帯と場所で発生しているものであり、これを否とされると選手たちも堪ったもんじゃない。ええ大人が子供じみた結果を導かなかったことに安堵する思いがする。

大会6日目の8月7日(木)に石川県代表の金沢と対戦する桐生一。うがった視線を浴びるやもしれないが何も恥じることはない、むしろチームメイトの罪に苦しみもがいた選手たちの気持ちを汲めない輩の方が自身を恥じるべきだ。1999年(第81回大会)以来2度目の栄冠を目指し頑張って欲しいものである。

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全国で熱戦の火蓋が切られ、今、自分と同世代の元プロ野球選手の子供たちが父の背中を追うように甲子園という檜舞台を目指している。残念ながら過去同じ環境にある大半の二世選手が地方予選で姿を消し、その後話題にすら上がらず忘れ去られて行くケースが多いが、さて、この2人はどーだろうか。

桑田Jr2人とは、元ジャイアンツの桑田のJr.で桜美林高の真樹(1年)と香田のJr.、東海大翔洋高の将平(3年)である。桑田Jr.は中3で関東選抜に選出され、進学後は入部するや練習でサク越えを連発、父と同じく1年で98人の部員の中からベンチ入りを果たした長距離打者だ。

香田Jr.一方、香田Jr.は投手として入部するも最後の夏は外野手に専念。初戦の藤枝東戦では気を吐き2安打を含む全打席で出塁する活躍を見せ、チームの中軸を担っている。互いの父親のコメントを読むに本人がプレーしていた時よりも緊張したようで微笑ましい親心が伺える。

憧れの球児たちがいつの間にか年下になり、悲しいかなあっちゅー間に自分の子供と同じ年齢の選手がグラウンドに立つようになってしまった。「時代はこうして引き継がれていくのだなぁ」と妙に感慨深い。偉大な父親超えはなるか、甲子園もさることながら目標とするプロ入りを夢見、頑張って欲しいものである。

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仕事帰り真っ直ぐ札幌ドームに足を運んだため1日遅い情報になってしまったが、昨日「ハイッ、これで夏も終わりですっ」と肩を叩かれたかのように甲子園の熱戦が幕を降ろしてしまった。楽しかった祭りの後の静けさとでも言―ましょうか、毎年どーもこのタイミングが苦手でならず未だに軽い感傷に浸っている。

佐賀北、頂点へ

「そう簡単に行かないわなぁ」と思いながらも僅かに“4年連続決勝進出”を期待していた駒大苫小牧が決勝まで進んだ広陵に初戦で敗れ、いささかテンションが下がった大会になったけど そこは大好きな夏の甲子園、時間の許すかぎり『熱闘甲子園』などを交え、最後まで幾度となくその戦況にのめり込んだ。

さて、出場2度目にして一気に頂上まで駆け上がった佐賀北の戦いぶりは見事の一言だったなぁ。引き分け再試合を制し、この夏一番の試合数7試合73イニング16時間強を戦い抜き栄冠を手にしたのだからアッパレだ。あげくに最後に史上初の快挙となる「逆転満塁弾」勝利のおまけつき、正にミラクルである。

ナイン全員が地元出身いという、これこそ郷土の誇りと呼べる純血集団。特待生問題を含めた高校野球の在り方が問われた夏にチーム内に中学時代硬式を経験した者が存在しないという公立の普通校に深紅の大旗が渡ったところが何とも感慨深く清々しい。また記憶に残る決勝戦が頭の中に深く刻まれた。

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大会開幕前に行われる組み合わせ抽選を観る度に、かつて北海道の代表に当たったチームから沸いた歓喜にも似た声や拍手が苦い記憶として蘇る。鼻から対戦相手に舐められ、雪による練習不足や暑さを理由に“善戦・惜敗”扱いを繰り返す地元のニュースに辟易し、何度うな垂れた事か数え切れない。

香田監督退任「生きている間に優勝旗が津軽海峡を渡りゃしないわなぁ」などと半ば本気で話していたけど、それを見事に覆してくれたのが駒大苫小牧ナインであり、香田監督だった。一度ならず二度までも、そして三度目の期待さえ持たせてくれたのだからその功績はホント計り知れない。

夢を一途に追い求めた常勝チーム育成への重荷や部員の飲酒・喫煙の発覚なども併せ予てから心身共に疲れ果てていた事が原因での退任。道内外のライバル校や関係者、イーグルスに進んだ田中などから驚きや惜しむ声が広がっている。後任監督には同校野球部のOBでもある茂木氏が就任するようだ。

自身、選手として佐賀商で春夏3度甲子園に出場。1994年(平成6年)には母校のコーチに就き全国制覇も経験している。その蓄積された財産は甲子園出場はおろか優勝の二文字を信じて疑わない強いメンタリティを形成した事は想像に容易い。高校野球史に初めて“北海道野球”の強さを植え付けてくれた功労者。またいつの日か檜舞台に返り咲いて欲しいものである。

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ミスが出ては勝てない。史上初、4年連続決勝戦への進出を目論んだ駒大苫小牧が初戦で広陵に4-5と敗れた。凹んだ気分を変えるべく、ボクの中でのベストゲームについて触れようと思う。別にネタに困っている訳ではないけど、懐かしさを共有したく昨年アップした記事を一部加筆・訂正して再掲載する。

死闘、延長18回1979年(昭和54年) 61回目の夏、星稜3-2のリードで迎えた延長16回裏2死。箕島の6番森川が放った打球は一塁側ファウルグラウンドの夜空に力なく浮かんだ。歓声と悲鳴がどよめく中、一塁手加藤がカクテル光線の中に揺れる白球を追いながら後退する。誰もが終わったと思った瞬間まさかの転倒、白球は無情にも乾いた地面に転がった。

延長18回の死闘を演じた箕島対星稜戦。ゲームは互いに譲らず12回表に星稜が1点入れると箕島はその裏2死から1番嶋田のホームランで同点に追いつき、16回表星稜が1点を挙げて再び突き放したその裏、簡単に2死まで追い込まれた箕島ナインが敗戦を覚悟しながら打球の行方を追った後に生まれた余りにも有名なシーンである。

生き返った森川は5球目を叩き、ホームランでまたまた同点に追いつき、再試合を目の前にした18回裏、1アウト一二塁で5番上野がレフト前ヒットし箕島が劇的なサヨナラ勝ちを収めた。こうして3時間50分に及ぶ世紀の一戦は幕を降ろし、その勢いで箕島は春・夏連覇の偉業を見事達成した。長いこと甲子園を見続けているボクにとって最も深く記憶に残るゲーム。「こ、甲子園にはやっぱり魔物がおる!」と思い知らされたのだった。

「プロ野球は観ないけど、高校野球は大好き」という人がボクの周りに結構いる。打球を追うひたむきな姿、後がない1戦1戦の真剣勝負、郷里の期待を背負い戦い合う様は時に見る者へ感動を与え涙さえ誘う。いくつも重なる甲子園ならではの“筋書きのないドラマ”に引き込まれてしまうからだろうか、日本にしかない独特なこの野球文化の祭典がボクも大好きである。

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